2009.04.02
『1000円高速』からの示唆
3月4日、衆院本会議で自民、公明両党など出席議員の三分の二以上の賛成多数で再可決、成立した平成20年度第二次補正予算の財源特例法(急激な内外の金融・経済情勢の変化に対応し、国民生活と日本経済を守るためにとりまとめられた“生活対策”を実施するための平成20年度補正予算)が動きだした。一部の地域では、定額給付金の交付がはじまるなど、いよいよ我々市民の生活に直接影響ある取り組みとして感じられるようになってきた。 現在の深刻な経済危機に際する消費の低迷を打破するためには、既にインフラの整っている先進国ではマクロ経済学的な刺激策よりも、一人ひとりの消費者の心理に働き掛けることが重要となる。金利を上げ下げしても、消費者はお金を使わない。今は、お金を持っている人が使いたくなるような心理にし続ける“心理経済学”が有効なのだ。この観点からすれば、消費者の外出のきっかけを生み出す『1000円高速』も一時的な施策としては悪くない。一方で、今回の財源投入は明確に打ち出されているとおり2年間の継続的な効果創出を狙ったものであり、長期間にわたる効果の維持 が必須となる。高速道路の利用を促進し続け、経済の血液と称される“お金”の流れを巡らし続けなければ、経済危機からの効果的な浮上策にはなり得ない。 ここで、一つの調査結果をご覧いただきたい。自宅に自家用車があり、調査時点で値下げを「知っていた」人に、実際に高速料金が下がったら行楽でマイカーの利用をこれまでより増やすかどうか聞いたところ、「変わらない」が53%と過半数を占めている。また、調査対象者の居住地域による差がかなりある。1000円で走り放題になる高速路線が少ない首都圏では「増やす」が26%、近畿でも29%と全国平均を大幅に下回る。一方、マイカー利用を増やすという人が多かった地域は四国(59%)、中国(50%)、東北(44%)など、走り放題のメリットが大きい上に、高速道路の長さに比べ利用者が比較的少ない地域の人達となった。(日本経済新聞社発表。マクロミルに依頼し、3月5-6日にインターネットで調査実施。全国の20-69歳の男女千1300人から回答) 効果を維持するためには、前述の心理経済学の観点で述べたとおり、消費者一人ひとりに対して、継続的に「割り引きが買い得との意識を持たせ続ける」「マイカー利用を増やすメリットの享受が感じられる」ための具体的な施策を先回りして打ち続けることが重要となる。しかしながら、現状国からは効果を維持するための施策(例えば、一定回数以上、週末『1000円高速』を利用すれば、さらに割引額が増され、回数に応じた段階的な値下げにより最終的には『100円高速』となる等)は示されず、その動きの素振りすら見受けられない。 多くの経済学者や専門家が既に指摘しているとおり、今回のような未曾有の経済危機から脱却するためには、変化を市場経済に委ねるのではなく、半ば強権的にでも国が主体となって立て直しを実践すべきである。今復活しつつあるケインズ経済学にも、重要な経済政策は少数の知的エリート集団によって合理的になされるべき、というハーヴェイロードの前提があった。日本において、この知的エリート集団の役割を担うのは、まさに国家を司る官僚と呼ばれる人々である。にもかかわらず、当の官僚は、国民の血税をばらまくことのみを自身の策とし、あとは都合よく市場経済に任せているようにしか映らない。このような放棄的態度をとっているようでは、やがて官僚自身の存在価値が問われることになるであろう。 ユートピア
今回の財源特例法では、既知の通り家計緊急支援対策費(いわゆる定額給付金)が際立って目立つものの、同じく我々の生活に身近に感じられるのが「地域活性化対策費:高速道路料金大幅値下げ」だ。国民生活と地域経済の支援から、当面平成22年度まで更なる重点的な引下げが行われる予定であるが、まずは観光振興や地域の生活・経済支援を目的とした高速道路料金の割引が行われる。先週末から第一弾の目玉として、週末の『1000円高速』が本格的に始まった。
『1000円高速』の概要はこうだ。高速道路の通行料金値下げは自動料金収受システム(ETC)の利用者を対象に、大都市とその近郊を除く地方の高速道路では、土・日曜日と祝日に乗用車なら一回当たり千円を上限に利用できる。(引き続き、物流効率化のため、平日、割引がなかった時間帯への割引の導入等も行われる予定)
高速道路料金の引き下げの恩恵として、高速道路サービスエリアの売り上げ増大やETC車載器の販売台数の増加(マイカーにETCが付いている人の割合はやっと半数を超えた程度)、観光客の増加に伴う遠隔地の観光・小売り需要増加など、様々な波及効果が叫ばれている。今回、国民生活と日本経済を守るための対策として定められた所以である。
では、実際に週末を迎えてみての利用状況は如何であったのであろうか。発表された速報値によると、全国の高速道路で交通量が軒並み前年を上回った。(高速道路会社各社の発表した同日午前零時―午後三時までの主要路線の交通量・通行台数と、前年の同時期と比べた増加率。ETCを付けていない車も含む)
中央自動車道 八王子ジャンクション―相模湖東 11%増
東海環状道 土岐南多治見―土岐ジャンクション 52%増
東北自動車道 那須―白河 46%増
東名高速道路 名古屋―春日井 9%増
名神高速道路 大山崎―茨木 16%増 など
実施直後の定点観測としては、上々の滑り出しと評されるであろう。しかしながら、喜んでばかりもいられない。
これまで、日本にはありがたいことに「高速道路はお金を支払って利用するもの」という考えが根付いていた。日本は、終戦後の高速道路網構築にあたり、(高度成長期で政府にお金が無かったため)世界銀行からお金を借りて通行料金でその建設費を返すというプール制が残り、現在に至っている。一方、北米・欧州をはじめとして、世界の常識は高速道路は無料(もしくは支払っても軽微)。日本人がグローバル潮流に感化され「1000円も払って高速に乗らなくてはいけないのか」という 考えにパラダイムシフトしてしまえば、今回の財源投入は水の泡に消える。 向こう2年間という期間限定であれば、このような劇的なパラダイムシフトが起きる可能性は殆んど無いが、心理経済学においては常に消費者心理を敏感に捉え、変化に先回りして手を打つことが極めて重要となろう 。また、同じ施策を打っても各個人に対する心理的効用が違うという点も考慮し、効果の維持のために何をすべきなのか、十分に検討する必要がある。
調査結果からの邪推ではあるが、やはり長期間にわたる効果の維持には疑問が残る。また、首都圏に比べて、比較的収入の少ない地方居住者が今回の取り組みの最大の受益者となるようであれば、巡る“お金”の総額も目論見を下回ってしまう可能性もある。短期的には都市圏居住者も地方居住者にも今回の財源投入効果はある一方、継続的に都市圏居住者に『1000円高速』を活用頂いて、消費全体を押し上げていくことが鍵となりそうだ。
国家を司る知的エリート集団には、お金を一時的にばらまくだけではなく、そのばらまいたお金の効果を最大化するための具体的なプランを示し、矢継ぎ早に実行に移すことを求めたい。
さもなくば、底無しの経済危機は、その出口すら見えないままだ。