2009.03.19
ホウ・レン・ソウから紐解く、新たな部下マネジメントの方向性
先週、福岡で桜の開花が確認された。2月、3月の気温が高めに推移したことから観測史上最も早い開花宣言となったが、春はもうすぐそこである。春と言えば、あと2週間ほどで新入社員を迎える企業も多いだろう。最近の新入社員研修では、自社の組織や事業、業務内容の理解を目的としたプログラムのみならず、論理的な思考法やプレゼンテーション等のビジネススキルも入社直後に学ばせる企業もある。だが、いまどきの若手が実務の現場で直面する問題を軽減したいとの意向から、業務に取り組むスタンスや上司・先輩含めた関係者とのコミュニケーションの取り方、特に『ホウ・レン・ソウ』(報告・連絡・相談)の仕方を入社直後・配属前にインプットしておこうという企業もあるようだ。 確かに、新入社員が業務の中に「速く・うまく」溶け込むためには、『ホウ・レン・ソウ』は重要な行動である。但し、コンサルティングを行う中で、新入社員のみならず、若手・中堅社員と管理職の間でも『ホウ・レン・ソウ』が機能していないがために、業務の効率や生産性が低下している場面や、業務を円滑に進めるための信頼関係が損なわれているケースに出くわすことがある。言うまでもなく新入社員のみでなく、他人と協業して働くためには、『ホウ・レン・ソウ』は重要である。そして、経営環境の変化が早く、上司から指示された通りに部下が動くだけでなく、現場で適宜考えながら機動的に業務を進めることが要求される今日では、益々その必要性が高まっている。 改めて考えてみると『ホウ・レン・ソウ』とは一体何なのであろうか。部下側から見れば、組織の中で円滑に業務を進めるために必要な言動と位置付けられる。しかし、組織的な観点から見れば、この言い古された感のある『ホウ・レン・ソウ』が、実は非常に有用なマネジメントツールだと考えられる。それぞれを細かく見ていくと、業務における「報告」とは、状況の変化や自ら行ったアクションの結果を伝え、次に取るべきアクションを上司とすり合わせることと定義できる。一般的な報告の意味は、経過や結果を述べ・伝えることであるが、業務においては、報告する側とされる側で状況の認識を共有化し、次の打ち手の合意までをしなくては意味をなさない。このような「報告」を行うことで、部下が認識できていなかたった問題を顕在化させたり、上司・部下ともにリスクを想定した活動ができたりする。また、上司の立場で言えば複数の部下から適切な報告を受けることで、現場で起きている重要な変化を察知し、先を予見した打ち手を組織に提示するきっかけを与えてくれるものでもある。そして、「連絡」とは、業務の経過や状況を関係者に知らせることである。「連絡」は、上司のみならず業務の関係者に対して、適宜行うことで連携を早く・スムーズに行えるようになり、チームワーク発揮の素地となる。3つ目の「相談」は、最も業務の現場でうまく実行することが難しいようだ。相談の名の下に、部下が未熟で業務に精通していない場合は、上司からの指示出しになる。片や、部下が独力かつ上司が認めるレベルで業務を遂行することができている場合は、部下の考えの是非を上司が判断するのみの場となることが多い。しかし、本来あるべき「相談」とは問題解決のために意見を持ち寄って話し合い、問題解決の方法を双方で合意し、最終的に上司の承認をとることにある。「相談」をすることで、熟練度の低い部下には考える機会を提供し、それを通じて育成を図ることができる。また、熟練度の高い部下と上司が「相談」することで新たな問題解決策を生み出す場として、より生産性を高め、ブレイクスルーを生み出すこともできるだろう。 このように見てくると、業務の中では、まず「連絡」での状況認識の共有化があり、問題をどう解決するのかの「相談」があり、その結果から次の対応を決める「報告」がくる。『レン・ソウ・ホウ』のサイクルが回れば、上司と部下は一体となって業務の問題解決にあたれるのみでなく、育成や組織ナレッジの開発機能もこのプロセスに盛り込むことができる。順番を変えて見てみれば、マネジメントツールとしての有効性を明確に認識できるだろう。 しかし、一般的に組織の中での『ホウ・レン・ソウ』は情報共有のためのコミュニケーションとして捉えられていることが多い。部下の立場で言えば、悪い情報は言いにくい。その結果、怒られることが予見されれば、なおさらである。しかし、同じような状況でも、部下によって『ホウ・レン・ソウ』のタイミングや伝達のトーン、方法が違う原因は、上司からみると部下のコミュニケーションスタイルや情報共有に対する考え方など属人的な領域にあると見える。そのため、上司からの介入なく部下側からの自然発生的に働きかけが起きることが望ましいという考えや、報告・連絡・相談を行わせることは部下の自主性を損ねるとして徹底を敬遠する向きもある。これらの理由から『ホウ・レン・ソウ』の強化は部下へのマネジメントであるにも関わらず、着手されていないことが多い。逆に手は打っているが、「ホウ・レン・ソウをちゃんとやれ」、「なぜ報告しないんだ?」という指示や追及が繰り返されていることもある。結果、部下は上司から信頼されていないと疑心暗鬼になり、上司への働きかけに消極的になり、また「ホウ・レン・ソウができていない」と怒られるという悪循環に入りこんでしまうようだ。 『ホウ・レン・ソウ』を属人的なコミュニケーションスタイルと捉えるのではなく、マネジメントツールとして活用し、機能させるには、部下に強制せずに自発的な言動を引き出すような上司からの働きかけが必要になる。一方的に上司から「やれ!」と指示を出すのではなく、部下に自ら行動を起こさせるためにはどのようにアプローチしたらよいのであろうか。 行動分析学的なアプローチで見ると、人間の全ての行動は、なにかしらの働きかけを行った際の直前・直後の30秒程度の状況変化によって規定されると考えられている。行動をすることで、行動前に比べて良いことが起こったり、悪いことがなくなったりすれば、状況の変化から学習して、その行動は繰り返される。これを強化の原理と呼ぶ。逆に行動することで何か悪いことが起こったり、良いことがなくなったりするとその行動は繰り返されなくなるということだ。こちらは弱化の原理と呼ばれる。また、行動は弱化され続けないと元通りに起こりやすくなり、逆に、強化され続けなければ元通り起こりにくくなるとも考えられている。 これらの原理を『ホウ・レン・ソウ』の場面にあてはめてみると、部下から何かしらの働き掛けがあった際に、どんな内容であったとしても上司がまず好意的に話を聞くことが求められるということだ。「ぜひ、その話を聞きたい」という表情や姿勢で部下の話を聞いたとしよう。 そうすれば、部下は『ホウ・レン・ソウ』の結果、上司の良い反応が引き出せたと考えて、その行動は強化される。一方、上司に働きかけたら、面倒な顔をされる、「結論から言え!」などの罵声を浴びせられたら、悪い状況の変化だと認識して、『ホウ・レン・ソウ』の行動は弱化されることになるのだ。上司も多忙な業務の中で、部下から話しかけられたことに対して、まずポジティブな反応を返すという余裕はないかもしれない。でも、忙しさにかまけて、不機嫌な顔を向けたらそれだけで、部下の『ホウ・レン・ソウ』を遠ざけることになってしまうのだ。このようなアプローチを紹介すると上司が部下に「いい顔をすればいいのか?」と疑念を持たれる方もいるが、そうではない。まずは、部下が上司に対して話しかけるという行動を強化し、そのあとで必要な指摘や指導を行うことが重要なのだ。つまり、大前提として、部下から『ホウ・レン・ソウ』があったことにポジティブな反応を返して、その行動を強化し続けることが求められる。そして、次のステップとしては、『ホウ・レン・ソウ』の内容の良い点・悪い点に対して、その理由をフィードバックしながら 、部下がアドバイスの有用感や仕事で改善を図れるイメージを持てるような反応を返すことでその活動を強化し、定着させていく。これらの働き掛けにより、結果的に部下に自発的な行動変容を促すことが可能になるのである。 時には、できていない原因を追究し、指示や命令を行う方が、即効性が高い場合もある。但し、いつも指摘やチェックばかりされていたら、誰だってネガティブな感情を抱き、その起点となる状況を避けるようになってしまう。こうして、上司と部下の心理面や情報の断絶が生じることは、「部下が仕事をできていない」こと以上の悪影響を業務にもたらしかねない。状況が悪化すれば、部下がメンタルヘルスの問題を抱える可能性もある。また、そこまでに至らずとも、部下は、上司のチェックを切り抜けるための言動しかとらず、業務のために協働しようとはしなくなり、組織力を発揮して業務が遂行されなくなる。これは企業にとっては組織の弱体化や人的資源の活用ができないという問題を抱えることを意味する。 ついつい、できていないことばかりを指摘して、悪い面に目を向けてその問題を解決しようと上司はしがちだが、「強化の原理」、「弱化の原理」を活用して、時には「ひとこと言う」のを我慢しながら、良い面に目を向けてその行動を強化するアプローチを試してみてはいかがだろう。そうすれば、何度言っても聞かない部下の言動を力づくではなく、自然と変えさせることができるかもしれない。企業活動は全て、人間の行動の集積であり、「ホウ・レン・ソウ」以外でも様々な場面で活用が可能なはずである。
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