2009.03.18
次世代高速無線通信が景気回復の起爆剤となるか?
米国の金融危機に端を発した世界的な景気悪化の波が収まるところを見せない今日この頃、不況に強いと言われている通信業界にもその波は押し寄せつつある。例えば、携帯電話端末の2008年度の販売台数について、NTTドコモは端末販売台数が1950万台程度にとどまり、年度当初の見込みより約23%、600万台近く減少する見通しを発表した。また、auを運営するKDDIも端末販売台数の見通しを下方修正、前年度から約31%減となる1090万台にとどまる見通しを発表した。両社共に、割賦販売の浸透によって端末買い替えまでの期間が長期化することを想定し、年度当初から大幅な販売減を想定して計画を立てていたはずだが、景気悪化の影響で更なる下方修正を余儀なくされてしまった。
しかし、暗い話ばかりではない。特に無線通信業界においては、2009年は次世代高速無線通信元年と言われている年だ。その第一弾として、KDDI系のUQコミュニケーションズが2009年2月26日、下り最大40Mbps、上り最大10Mbpsの次世代高速無線通信の一つである「WiMAX」の商用サービスを開始した。これに引き続き、日本国内唯一のPHS事業者であるWILLCOMが、同年4月から上下それぞれ最大100Mbps以上の「WILLCOM CORE」の試験サービスを開始、10月から商用サービスを開始する予定だ。
携帯電話キャリアも負けてはいない。NTTドコモは、下り最大14.4Mbps、上り最大5.7Mbpsのサービス「HSPA+(High Speed Packet Access Plus)」を2009年度中にまずは開始し、翌年2010年には下り最大326.3Mbps、上り最大86.4Mbpsのサービスである「LTE(Long Term Evolution)」を開始する予定だ。auについては2011~12年度、ソフトバンクについては2012~13年度に、同じくLTEの開始を予定している。
つまり、これら次世代高速無線通信によって、有線ブロードバンド通信や公衆無線LAN通信と同レベルの高速通信環境が、場所を選ばずどこでも得られることになる。では、これによってどのような新しいメリットが得られるのだろうか。
まずは法人向けについてだが、何といっても「シンクライアント」の更なる普及が期待される。シンクライアントでは、サーバ側で実行したアプリケーションの画面をクライアント側に転送して遠隔から操作するため、LAN接続されている範囲などの高速通信環境での利用が主流であった。しかし、社外のどこからでもシンクライアントにより社内情報を利用することが可能になれば、情報をパソコンや媒体に保存して持ち出す必要がなくなる。つまり、社外へのパソコン持ち出しによる情報漏えいの危険性が全くなくなるのである。これにより、情報漏えい防止のために厳しく管理規制されていたパソコンの社外持ち出しが容易になる。また営業マンの社外持ち出し用パソコンが全て「シンクライアント」になる可能性も十分考えられる。
また個人向けについては、普及率の高いポータブルオーディオプレイヤーやポータブルゲーム機を用いた新たな利用シーンが期待される。ポータブルオーディオプレイヤーでは、例えば街を歩いているときにふと耳にした曲をPCを介さずその場でオンライン購入しダウンロードするサービスが考えられる。また、ポータブルゲーム機では、場所を選ばずインターネット対戦できるゲームや、ゲームのデモ版を自動配信するサービスなどが考えられる。
これらのように、次世代高速無線通信の開始によって既存サービスの更なる普及や新しい利用シーンが期待されるわけだが、これが景気回復の起爆剤となるのではないかと考えている。
先にあげたシンクライアントは、近年の情報漏えい対策への関心の高まりや、SOX法を中心とした内部統制の導入に伴うIT統制の検討などを契機として注目度が増している。ある市場調査会社の2008年7月の調査によると、シンクライアントに関心のあった企業は全体の約50%あり、導入を本格的に検討している企業の大半が高速通信環境下以外でのアプリケーションの動作に関して懸念していることが分かった。つまり、アプリケーションがいつでもどこでも問題なく動作する高速通信環境が整えば、シンクライアントの爆発的な普及が期待できるということだ。したがって、今後シンクライアントを導入する企業は、同時に次世代高速無線通信を利用することになるため、大きな需要が見込めると言える。
また、ポータブルオーディオプレイヤーの国内普及率が2008年度末で約50%、ポーダブルゲーム機は、ニンテンドーDSとプレイステーション・ポータブル(PSP)の国内累計販売台数の合計が3000万台を超えていることから、こちらも大きな需要が見込める可能性は高い。
以上から、次世代高速無線通信の需要が見込めることが分かったが、それによってどのような経済波及効果が生まれるのだろうか?
まず、次世代高速無線通信を供給する側、つまり通信事業者側から考えてみる。次世代高速無線通信を提供するためには、まずは新たに通信設備を敷設する必要がある。敷設するためには、通信設備そのものの調達が必要であるのはもちろんのこと、通信設備(基地局など)の設置場所の確保、建設工事、通信設備の運搬なども必要となる。通信設備はハードウェアベンダーから調達、設置場所は不動産業者を通して地主やビルオーナーから賃貸もしくは購入、建設工事や通信設備の運搬は建設業者や運搬業者に依頼、と多岐にわたり新たな仕事を生みだすことになる。総務省総合通信基盤局によると、2009年2月7日現在の携帯電話基地局数は全国で約20万局あり、これら全てに次世代高速無線通信に必要な通信設備を敷設するだけでも、少なく見積もって数十兆円程度必要になる。その他、中継設備の敷設費、無線端末の調達費、維持メンテナンス費などを考えると、かなりの経済波及効果が期待できるのではないかと考えられる。
また、次世代高速無線通信を利用する側から考えると、新しいサービスを利用するためには、各種機器の購入が必要になる。先ほどの例でいうと、携帯電話機や通信用モジュールの購入はもちろんのこと、シンクライアントに必要なサーバや端末などの購入、通信モジュール内蔵のポーダブルオーディオプレイヤーやポータブルゲーム機などの購入が必要になる。携帯電話機や通信用モジュールは携帯電話会社の販売代理店や家電量販店などから購入、シンクライアント端末やポータブルオーディオプレイヤーは電気機器メーカーやデバイスメーカーから購入、ポータブルゲーム機はゲーム機器メーカーから購入、とこちらも多岐にわたって新たな消費を生みだすことになる。日本国内に既に普及しているポータブルオーディオプレイヤーとポータブルゲーム機の10%に次世代高速無線通信用モジュールが搭載されたと考えた場合、それだけで年間約3000億円の通信費やサービス利用料金などの新たな消費が見込まれることから、こちらもかなりの経済波及効果が期待できるのではないかと考える。
しかし、上記に挙げたプラスの経済波及効果ばかりではなく、マイナスの経済波及効果も考えられる。それは、有線ブロードバンド通信など従来から存在する高速通信への影響だ。携帯電話が固定電話に取って代わったのと同様に、次世代高速無線通信が有線ブロードバンド通信に取って代わるのではないか、ということが考えられる。しかし、最近の傾向としては、FMC(Fixed Mobile Convergence)に代表されるように、移動体(無線)通信と有線通信を密接に連携させる方向に進んでいる。よって、屋内では有線もしくは無線LANで通信し、屋外では無線で通信するといった棲み分けが行われる可能性が高く、過去の固定電話が縮小したときと同様のパイの奪い合いは起きないと考えられる。さらに、次世代高速無線通信を提供する事業者のうち、WILLCOM以外の事業者は固定通信も提供していることを鑑みると、過去の携帯電話対固定電話のときと同じ轍をふまないと考えられる。例えば、自宅でのネットサーフィンやE-mailが主な利用用途のライトユーザーに対しては、次世代高速無線通信の料金を有線ブロードバンド通信の料金よりも高く設定することで、有線から無線への移動を抑制する戦略を取ってくると考えられる。また、複数台パソコンを所有し、テレビやゲーム機などもインターネットに接続しているヘビーユーザーに対しては、例えば、KDDIの有線ブロードバンドサービス「ひかりone」において、携帯電話と連動したサービスを提供しているように、有線ブロードバンド通信と次世代高速無線通信を融合したサービスを提供することで、単純なパイの奪い合いを避ける戦略を取ってくると考えられる。
つまり、次世代高速無線通信によるマイナスの経済波及効果は殆どなく、あっても限定的であると言える。
ともかく、次世代高速無線通信が全国で利用できるようになるためには、通信事業者は一刻も早くインフラの構築を行わなければならない。インフラ構築が早ければ早いほど景気回復のタイミングも早くなる。次世代高速無線通信を提供予定の通信事業者に対して、インフラ構築の更なる効率化及び早期完了を期待したい。
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