2009.03.18
組織としてのパワーを飛躍的に高める~ミッションの浸透~
最近携わっているプロジェクトを通して、インターネットで様々なデータを集めていると、ふと気になるデータを見つけた。2008年5月に調査会社がおこなった企業ミッションに関するインターネット調査で、部長層以下を対象にアンケートを行った結果、「ミッションが従業員の行動の指針になっている」と回答した者は約25%だった、というものだ。ミッションとは、「その企業の存在目的ならびに事業を表現しているもの」のことである。上記アンケートから、このミッションが多くの日本企業において現場の従業員に浸透していないということである。ミッションの重要性は、米マッキンゼー・アンド・カンパニーを世界的な経営コンサルティング企業に育てたマービン・バウワー氏の著書である「経営の本質」をはじめ多くのビジネス書の中で言及されている。ミッションを掲げて現場に浸透させることで、企業と社員のベクトルを合わせ、組織としてのパワーを高めることができる。しかし多くの企業において、掲げたミッションが現場に浸透できていないがために、従業員個々人のベクトルが分散し、組織としての本来の力を発揮し切れていないということは非常に残念なことである。
そこで今回は、なぜ多くの組織でミッションが浸透していないのか、またどうすれば浸透できるのかを考えたい。そのためにミッション浸透を効果的に行っている企業事例からミッション浸透のポイントを抽出し、それを踏まえてミッションが浸透できていない企業の問題点を探っていき、その上でどのようにすればミッションは浸透できるかを示唆する。 ミッション浸透を効果的に行っている事例を2つ見ていく。ミッションが現場に浸透している企業として有名なのが、ディズニーランドを運営するオリエンタルランドだ。彼らが掲げるミッションは「自由でみずみずしい発想を原動力に、すばらしい夢と感動、ひととしての喜び、そしてやすらぎを提供します」である。ディズニーのスタッフのサービスレベルが高いことは有名であり、実際にスタッフの方の応対一つからも、ミッションに掲げられている「夢と感動の提供」の姿勢が伝わってくる。ではオリエンタルランドはどのようにしてミッションを浸透させているのか。ポイントは二つあり、一つ目は「ファイブスターカード」というインセンティブの導入、二つ目はスタッフ全員が日々の自身の行動を、お客様の声とミッションに照らし合わせて振り返り、考えることである。一つ目の「ファイブスターカード」というのは、ミッションにある「夢と感動の提供」にふさわしいサービスを行ったスタッフにカードを配り、五枚集めるとプレゼントが贈呈されるというものだ。これにより、スタッフはモチベーション高く「夢と感動の提供」を行うことができる。二つ目について、ディズニーランドでは、毎日の朝礼や終礼で、お客様からいただいた感謝や激励、クレームの手紙が全員に共有される。そしてその手紙の内容について「私たちの仕事はどうあるべきか」について上司から質問され、ミッションをふまえて自分たちで考えるそうである。そうすることで自分たちの仕事の目的を再確認でき、日々の行動においてミッションを実践できるようになるというわけだ。ディズニーの接客には、“あれをしろ”とか、“これはするな”といった取り決めやマニュアルは最小限度のものしかない。トップダウンでミッションや方針を押し付けるのではなく、各人にミッションと行動を照らし合わせて考えさせることがミッション浸透のポイントなのである。 次の事例は、外資系ホテルのリッツカールトンである。リッツカールトンの「クレド」はサービスの世界では非常に有名であり、著書もいくつか出ているので聞いたことがあるのではないだろうか。クレドとはラテン語で「志」「信条」「約束」を意味する言葉である。ではリッツカールトンはこのクレドをどのようにスタッフに浸透させているのだろうか。リッツカールトンでは、いくつかの施策をおこなっている。理念研修をおこなったり、ミッションに基づいた行動が評価される目標・評価制度を整えたり、ミッションに基づいて優秀なサービスを行ったスタッフを表彰する「ファイブスター制度」を取り入れたりしているのだが、数ある施策の中で、ディズニーと共通する施策があった。それは、デイリーラインナップという毎日おこなわれるミーティングが行われることだ。そこでは、クレドを唱和するというようなことは一切せず、クレドに書かれている内容を元に、各自の実践事例を発表していくのだ。そうすることで、クレドの内容を「自分事」として深い理解に達することができ、各自の行動につながっていくのである。 この二つの事例を通して言えることは、ミッションを浸透させるには、日々の行動とミッションを照らし合わせて各人に考えさせることが必要ということだ。ミッションを浸透させるには、これまでの人生経験を通して根付いた考え方やものの見方を変えねばならない場合がある。人間が考え方を変え、行動を習慣化させるには、①知る⇒②行動する⇒③振り返る⇒④習慣化する、というステップを踏んで初めて定着できる。上記で挙げた2社は、①~④までを全従業員に対してきちんとおこなっているのだ。 一方、ミッションが浸透していない企業はどうであろうか。多くの場合が、①や②で止まってしまっている。ミッションを策定したが、壁に飾ってあるだけであったり、定期的に唱和をおこなうことでミッションの内容を従業員に覚えはさせるが行動につながっていない、行動指針を掲げて実践しているがミッションと行動を照らし合わせて振り返っていなかったりするのである。よく経営者の口から「ミッションをカードにして従業員に配ってはいるのだが・・・」「いつもミッションについて口酸っぱく言っているのに・・・」といった嘆きの声を聞く。これは定着に向けたステップの①や②で止まっているためで、それでは浸透しないのだ。
ではどうすればミッションは浸透できるのか。ミッション浸透のポイントを2つあげてみる。 一つ目のポイントは、「②の行動」までに必要なこととして、評価制度やインセンティブを利用することがある。ミッションは理解しているだけでは意味がない。理解し、行動しなければ身に付かない。人が意識や行動を変えるには、インセンティブを与えることが効果的である。具体的には、先に挙げたリッツカールトンのように、ミッションを行動へと落とし込んだものを従業員各人の目標に設定したり、表彰制度を設けて、ミッションにふさわしい行動をとった者に報酬を与えたりする方法が効果的である。 二つ目のポイントは、「③の振り返り」と「④の習慣化」である。ここがまさにディズニーやリッツカールトンが力を注いでいるところである。日々の行動とミッションを照らし合わせて各人に定期的に考えさせる場を設けるのである。そうすることでミッションを「自分事」として深く理解することを通じて、ミッションが日々の行動に落とし込まれていくのだ。
冒頭でも述べたように、日本では、組織のパワーを発揮するために有効とされるミッションの浸透ができていない企業があまりにも多い。今後もグローバル化に伴う新興企業の台頭や、少子高齢化による国内需要の減退などで企業間競争はますます厳しくなるだろう。そのような環境下、日本企業がミッションの浸透化を通じて従業員のベクトルを合わせ、組織としてのパワーを高めることで、競争を乗り切っていくことを期待したい。
ライト