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2009.02.16

日本市場を狙う飲料界の黒船

 清涼飲料水市場のとあるカテゴリーの商品が注目されている。カフェインやアルギニン、ビタミン類を多く含むとされる「エナジードリンク」だ。日本では、古くからオロナミンCやリアルゴールドなど、類似する清涼飲料水は存在していたものの、これまでは脇役の存在に甘んじていた。(栄養ドリンクとして有名な、リポビタンDやユンケル、リゲイン等は医薬品・医薬部外品の指定を受けているものであり、これには属さない。)大正製薬の調べによると、エナジードリンクを含むカフェイン配合飲料の市場は、コンビニエンスストアを中心とした食系チャネルで年々増加傾向にあるという。
 清涼飲料水とは食品衛生法での定義によると「乳酸菌飲料・乳及び乳製品を除く、アルコール分1%未満の飲料」のこと。カフェインの入った清涼飲料水自体は珍しくなく、炭酸系の代表格であるコーラにはカフェインが含まれているし、そもそもコーヒーやお茶も清涼飲料水の枠内である。これまで、「眠い」にもかかわらず、「仕事(勉強・遊び)を続けなければいけない」といった状況に、多くの人は 前述のコーヒーやお茶といった自然由来の飲料を摂取することで対応してきた。医薬品や医薬部外品ではなく、清涼飲料水に使用できる成分でピンポイントに効くカフェインを大量に含む商品として、効果的な選択肢が増えるということは、消費者にとっては朗報だろう。米国だけで35億ドルと評されるマーケットと比しても、日本のマーケット(例えばオロナミンCは300億円規模の売り上げと推測される)には、まだ開拓の余地がありそうだ。

 そんな「エナジードリンク」の雄として、世界で確固たる地位を築きあげた企業がある。オーストリアの企業、レッドブル社だ。
 1984年、オーストリアの起業家ディートリッヒ・マテシッツ氏は、タイで栄養ドリンク販売を行っていたチャリアオ・ユーウィッタヤー氏とともに、レッドブル社を設立。1987年には、エナジードリンク“レッドブル”のオーストリア国内発売を開始。1997年にはヨーロッパ全土および北米、南米とその勢力範囲を広げ、今日 レッドブルは、世界140ヶ国を超える国々で発売されている。レッドブルは多くの国においてエナジードリンク・カテゴリーNo1のシェアを有するまでに成長。2007年の販売総数量は、全世界で約36億本を突破している。
 レッドブル社はマーケティングを知的財産と考え、自社のマーケティングについて黙して語らないが、成功のカギが「ブランドは、消費者の頭ではなく心をつかんで勝ち取るものだ」との独特のマーケティングフィロソフィーにあることはすでに明らかにされている。大手企業のマーケティングはいずれも、金を注ぎ込んで受け入れてもらおうとしているが、レッドブル社は「愛着は、金で買い取ることも押し売りもできるものではない」と考える。
 レッドブル社のマーケティング戦略は、コカ・コーラやペプシのようにテレビCM(マス広告)に依存したものとは異なり、市場導入初期に自然発生した噂の数々(「飲みすぎると死に至る」「缶入りの覚醒剤ではないのか」「処方箋なしで購入できる『バイアグラ』か?」などなど)を巧みに利用してミステリーを演出し、カルト的なファンやアーリーアダプターを巻き込みながら、消費者の(AIDMAの法則で言うところの)認知段階を高め、更に、F1やサッカー、エキストリーム系といわれるようなストリートスポーツなどの若者に人気なスポーツ、そしてダンスや音楽といった若者に人気なカルチャーに広告宣伝の集中投資を行い、消費者の感情段階、行動段階の意識を高めるという戦術で成功を収めてきた。特に、感情段階、行動段階の意識を高めるためのフィールドにおいては、広告のためにレッドブル・エアレースやクラッシュド・アイス、レッドブルランページのような若者に人気のスポーツ競技を作り出してしまうなど、 費やすお金は無尽蔵に湧き出てくるかのようだ(残念ながら広告宣伝費は未公開)。パリス・ヒルトンがパーティーでシャンパン代わりに愛飲しているといったエピソードは名高く、世界の巨大自動車メーカーが群雄割拠するF1の世界においても、実に9チーム中2チームの実権を握っているのがレッドブル社だ。
 世界各地で、その地に合わせたやりかたで、しっかりと心を掴んできたレッドブル。今や、変な味のエナジードリンクの世界的な代名詞となるとともに、「奇跡のブランド」という地位を獲得することに成功したといえる。

 レッドブル社が世界各国での成功を手土産に、次にエナジードリンクNo1を奪取し、さらなる市場拡大を狙っているのが日本だ。
 既に日本国内では、2006年4月よりレッドブルの正式販売がスタート。2008年4月からは販売エリアを拡大し、セブンイレブン、ファミリーマートといった全国の主要コンビニエンスストアでの販売も開始 している。
 日本におけるレッドブル社のマーケティング活動も既に始まっており、先日の佐藤琢磨選手のF1テスト参加をはじめ、サッカー界においても2007年の宮本恒靖選手・三都主アレサンドロ選手のザルツブルグ移籍の際にも、ザルツブルグのメインスポンサーであったレッドブルが糸を引いていた。その他にも、日本国内の大学に在籍している学生を対象に「スチューデント・ブランド・マネージャー」(SBM)なる仕組みを導入し、学生を通じて、学生活動のあらゆる場面にレッドブルを浸透させるといった興味深い手法を取り入れるなど、積極的な展開を見せている。(レッドブルフライトパフォーマンス、レッドブル・ディガー、レッドブル・アーバンクロス等、独自スポーツ競技を開催しているが、こちらはあまり知られていない。)
 このように、積極的な展開を行っているにも関わらず、日本市場攻略 においては、これまでのように順風満帆、連戦連勝のレッドブル社の姿が見られないと感じているのは筆者だけであろうか。
 日本の消費者の意見に耳を傾けてみると、興味深い現実が見えてくる。実は、レッドブル社がターゲットとする日本の消費者の多くからは、『そもそもどんな飲料なのか分からない。機能を知らずに270円は出せない。』という声が聞こえてくるのだ。これは、レッドブル社の勝ちパターンであった、市場導入初期の認知段階における『噂を巧みに利用したマーケティング戦術』において、風説が十分に流布されていなかったことを表してはいまいか。既に、リポビダンDなど栄養ドリンク市場が確立されていた日本は、欧米など、そもそも市場が無かった国々に比べ、風説が上手く流布されない土壌であったのではないか。
 先に述べた、昨今のF1やサッカーにおけるマーケティングの主眼は、感情段階の深化であって、レッドブル社が日本市場におけるマーケティングの主眼を認知段階から、すでに感情段階に移していると推測できる。であるとするならば、日本市場のマーケティング活動において、認知段階をじっくりと根気よく待つことができず、急いで次の段階に移行してしまったのではないか。認知段階の躓きが、後の感情段階、行動段階(最終的に消費者が購買しなくては事前のマーケティングは意味をなさない)の施策の効果を限定的にしていることが想像できる。
 レッドブル社は、はじめて商品を世に送り出すまでの間に、食品衛生当局による認可待ちという受動的な力によって幸運な空白時間を設けることができた。(ドイツでこの飲料が承認されるまで実に5年もの歳月を要したのを筆頭に、各国当局は、発売にあたっては慎重に対応してきた。)結果、何年もかけてじっくりと消費者の認知を高め、興味をかきたて、消費者が能動的に商品を知ろうとする行動を引き出していたのではあるまいか。
一方、日本においては、栄養ドリンクという先行者のおかげで、認可にかかる時間がそうかからなかった。実は、この忍耐の時間こそが、消費者に商品を認知・浸透させ、理解を醸成するための成功の秘訣であったと筆者は見ている。

 これは何も、レッドブルという商品だけに当てはまることではないであろう。多くの企業が、特に新製品に対しては早急な結果を求めることが必然となっている。巨大食品飲料コングロマリットでも、レッドブル社の成功にあやかろうと、そのマーケティング手法を模倣すべく試みたてきたが、いまだ成功を見いだせていない。いずれのケースも功を急ぐあまり、十分な熟成期間を置かないで果実を刈り取りにいって失敗している。
多くの万物と同様、種を巻いてから芽が出るまで、じっくりと根気よく待つことで、果実はより甘みを増すのだ。
 日本におけるレッドブルのマーケティングの成否は、時がたてばマーケットが教えてくれるであろう。重要なのは、レッドブル社のケーススタディーから、他の多くの企業が何を学ぶかだ。

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