2008.12.25
MVNOは日本の携帯電話市場に風穴をあけることができるか?
フィンランドの携帯電話機メーカーNokiaは12月2日、2009年4―6月期に同社の高級携帯部門「Vertu」で日本における携帯電話通信サービスを始めると発表した。NTTドコモの携帯電話回線を借り、MVNO(Mobile Virtual Network Operator)として事業を展開する。世界最大の携帯電話機メーカーの携帯通信キャリアとしての参入は、日本の携帯電話市場にどのような影響を与えるのだろうか、今後に注目したい。 さて、ここで言うMVNOとは一体何なのだろうか。そしてなぜ最近注目を集めているのだろうか。 これにより、MVNOの参入が活発になったわけだが、はたしてMVNOは日本国内において成功するのだろうか。 まずは海外のMVNOの成功事例について見てみる。携帯通信発祥の地欧州では、MVNOが最初に登場したイギリスにおいて、Virgin Mobileが成功しているMVNOとして挙げられる。Virgin Mobileはイギリス国内で加入契約数500万以上を抱え、第5番目の携帯通信キャリアとして地位を確立している。また、イギリス国内に留まらず、オーストラリア、シンガポール、アメリカでも事業を展開している。 次に、すでに日本国内でMVNOとして参入している事業者の状況を見てみる。 はたして、今後日本国内において成功するMVNOは現れるのだろうか? サイドバンド
MVNOは「仮想移動体通信事業者」と訳されており、国から周波数が割当てられ免許が交付された携帯通信キャリア(MNO: Mobile Network Operator)からネットワークを借りたり卸サービスの提供を受けたりして、自らはネットワーク設備を持たないでモバイルサービスを提供する事業者を指している。MVNOは自前の通信設備を持たないので投資がそれほど必要ではなく,異業種からの参入も比較的容易であることが特徴として挙げられる。欧州では既にMVNOが普及しており,第3世代携帯での周波数取得の際に生じた膨大なコスト負担の問題や,国ごとに免許枠が決められているためMNOになれる事業者の数が限定されていることなどから,MVNOの重要性が増している。日本では33社(2008年9月現在)がMVNOとして事業を展開しているが、その殆どはデータ通信に限定したサービスを提供している程度で、まだまだ普及には至っていない。
MVNOがここにきて日本国内で注目を集めるようになった理由は、異業界大手や同業界大手など、知名度の高い会社が相次いでMVNOへの参入を表明したためである。最近では、上記で挙げたVertu以外に、ソネットエンタテイメント(2008年2月サービス開始、但し、PHSでは「bitWarp」というサービスを以前から提供している)、ディズニーモバイル(2008年3月サービス開始)、ウィルコム(2008年12月1日参入表明)、などがサービス開始または参入を表明している。
ではなぜ参入が相次いでいるのだろうか。きっかけは、通信網の利用条件をめぐる争いで、日本通信が携帯通信業界のガリバーであるNTTドコモに勝利し、格安条件で通信網を利用する権利を得たことだと考えられる。
これは、昨年7月、日本通信がNTTドコモの通信網の利用条件に関して、総務大臣に対して異例の「大臣裁定」を申請、同11月に、固定通信市場では当然に行われている帯域幅に応じた課金体系の採用が、携帯電話市場においても適用される、との結論を総務大臣が出したのだ。これにより、従来の3分の1程度といわれる格安条件でNTTドコモの通信網を利用する権利を日本通信側は獲得した。また、この裁定をうけて総務省は、「MVNOに係る電気通信事業法及び電波法の適用関係に関するガイドライン」を改定し、卸料金に関する規定を整えた。つまり、国がNTTドコモやauなどのMNOに対して、MVNOへの通信網の卸料金の値下げを命じたことになる。
同社の成功は、そのブランド力にあると考えられる。
ブランド力の源泉は2つ。1つ目はVirgin Groupの創設者であり会長でもあるサー・リチャード・ブランソン本人の存在である。彼は冒険家としても知られており、熱気球による世界初の大西洋および太平洋横断を成功させている。また英国のセレブとしても人気があり、メディアへの露出も多い。ちなみにこの方、2000年にエリザベス女王より”ナイト”の称号を授かったため、“サー”・リチャード・ブランソンと名乗っている。
2つ目は、グループのレコード販売会社Virgin Megastoresの存在である。この会社は世界の6大レコード会社に数え上げられおり、イギリス国内では10代後半の若者から圧倒的な支持を受けている。そのブランド力を活かして、卸売りされた回線を利用して独自の端末やサービスを開発・提供して付加価値を付け、さらにVirgin Megastoresの販売網を利用することで、若者に急速に広まったのである。
欧州ではVirgin Mobile以外に、Telmore (デンマーク)、Debitel (ドイツ、フランス、他)が挙げられるが、いずれもニッチ市場をターゲットにしており、Virgin Mobileほど加入契約数を伸ばしていない。
激戦区のアメリカではどうか。ヒスパニック層をターゲットにプリペイド中心の安価なプランを提供するTracFoneが700万以上の加入契約数を抱えており、続いてVirgin Mobile USAが500万以上を抱えている。両社に共通する成功要因は、低価格戦略を前面に出し付加価値サービスでの差別化を狙わないこと、および充実した販売チャネルを持っていることである。1つ目の低価格戦略については、所得の低い人々のために中古端末を化粧直ししてプリペイドカードを付け、前払い方式で販売している。2つ目の充実した販売チャネルについては、TracFoneを取り扱う小売店舗の数は全米で約6万店舗、Virgin Mobile USAは米セブンイレブンと提携し、店舗でプリペイドカードを販売しており、いずれも多くの販売チャネルを抱えている。その他アメリカで見られるMVNOの多くは、既存の携帯通信キャリアとは明らかに異なる低所得者層をターゲットとしていることが特徴である。
このように、欧州ではブランド力を活かした事業者が、アメリカでは低所得者層をターゲットとし、かつ充実した販売チャネルを持つ事業者がMVNOとして成功をおさめている。
日本初のMVNOは先にも挙げた日本通信で、そのサービス開始時期は2001年10月と意外に古い。その後、数10社がMVNOとして参入しているが、その殆どがPHS回線を使用しており、なおかつカード端末によるデータ通信に限定してサービスを提供している。ここ最近の携帯電話回線を使用したMVNOについても、殆どの事業者が同様のサービス形態を取っている。
加入契約者数については、公表された数字は存在しないが、各社の売上高から計算すると、いずれの事業者も数万契約程度と低迷しており、成功したと言える事業者は存在しない。理由は、販売チャネルの少なさ、サービスの特徴のなさ、知名度の低さ、が主な要因だと考える。販売チャネルの少なさについては、ほぼ全ての事業者がインターネットでしか販売していない。次にサービスの特徴のなさについては、前述した通りほぼ全ての事業者がデータ通信に限定したサービスを提供している。しかも、料金はNTTドコモなどの従来の事業者と比べてあまり変わりがない。知名度の低さについては、ディズニーモバイルがテレビCMを行っていたためある程度は知られているが、その他の事業者はMVNOとして事業を展開していることすら一般には知られていない。
つまり、日本ではMVNOとして成功した事業者は残念ながら今のところ存在しない。
これまでの日本のMVNOは、独自に設計した端末ではなく、既存の携帯通信キャリアが既に販売している端末しか提供できなかった。理由は、独自に端末を設計・製造し採算を取るためには50万台以上販売しなければならないと言われているからだ。また、独自に設計した端末を提供できなければ既存の通信キャリアが提供しているサービス以上のものは提供できないため、特徴のあるサービスも提供できなかった。よって、MVNOの成功のカギは、既存の携帯通信キャリアよりも魅力ある端末を提供できるかどうかだ。それに、魅力ある端末が供給できれば、家電量販店が販売してくれる可能性が高くなり、それにより知名度も上がるであろう。だから、冒頭で述べたNokiaの日本参入に大いに注目している。Nokiaであれば、携帯電話機メーカーとしての強みを発揮し、独自の端末やサービスを提供してくれるであろう。おそらくNokiaは、Vertuを足掛かりにして、欧米で人気のデザイン性が高い端末や発展途上国で普及している1万円以下の低価格端末を日本市場に投入してくるはずだ。これは、NokiaがNTTドコモやソフトバンクへの端末供給を終了したことから容易に想像がつく。また、携帯電話機メーカーがMNOに端末を供給する日本独自の仕組みの上では、MNOの厳しい審査をクリアしなければ端末をリリースすることが出来なかった。しかし、MVNOとして参入することで、携帯通信キャリアからの機能面での制約を全く受けずに自由に端末をリリースすることが可能となるのも大きな利点である。理論的には、Nokiaが全世界に向けてリリースしている端末のうちの約70台が日本でも使用可能だ。近い将来、家電量販店でNokiaブースに並ぶ端末を見ることになるかも知れない。
Nokiaはイーモバイルに次ぐ第5の携帯通信キャリアの地位を日本で築くことが出来るのか、Vodafoneのように早々と日本市場から撤退してしまうのか、今後に注目したい。