2008.12.09
「通信による放送吸収」時代の到来 ~民放の新たな収益源は?~
2008年12月1日に、新たなテレビ視聴のスタイルを提供する「NHKオンデマンド(以下NOD)」サービスが開始された。同日に開催されたセレモニーには2009年大河ドラマ「天地人」に出演する妻夫木聡さんらも出席し、NHKの意気込みの強さを感じ取れる。 このNODサービスの開始は、「放送と通信の融合」がビジネスとして成り立った最初のケースと言っていいだろう。番組のネット配信自体はすでに民放キー局が試験的に先駆けて行っていたが、配信のためのインフラや権利処理の費用がネックとなり、単独で収益を上げるまでには至っていなかった。そのような中で、NHKは主要な権利者団体と配信に関する基本合意にこぎ着け、またインフラは既存の設備を用いることで初期投資を少なくした。それにより、NODは既存の放送サービスとは異なる独立採算のサービスとして設立・運営できるようになった。 ネット配信の本格スタートということ以外にも、テレビ局を取り巻く環境は劇的に変わろうとしている。2011年7月24日にはアナログ放送が終了し、デジタル放送へと移行する。ネット配信とデジタル放送が、テレビ局ビジネス、特に民放に対してどのような影響をもたらしてきているのか、更に今後どのような影響をもたらすかを考えてみたい。 すでに顕在化している影響として考えられるのが、「スポンサーからの広告料収入に基づく収益構造の崩壊」が挙げられる。この予兆は色々な所に出てきている。 このネット配信というモデルは、民放の収益構造を支える新たな柱になりうるのだろうか。現状のままでは難しいのではないかと考えている。そもそも、実質無料でみることのできた番組、更にYouTube等を用いることで何度でも手軽に(場合よってはハイライトシーンだけに編集し直した状況で!)見ることができる番組を、改めてお金を払ってまでも見たいという層がどの程度いるのだろうか。 では民放はどのような対応を取るべきなのか。まず大前提として「放送と通信の融合」という考えを捨てることだと考える。これは旧来のように放送と通信を切り離して考えるということではない。「放送と通信という異なるものを融合させる」と考えるのではなく、「そもそも通信によって放送は吸収された」ものとして捉え直すことを指す。 そのような環境下において、民放は「放送と通信の融合」という大それた考えを「通信によって放送は吸収された」と捉え直した上で、どのような収益構造を模索すべきであろうか。一つの方法としては、番組を放送するのと同時に、同じ番組をテレビ局自体がネット配信してしまうことである。その際、テレビで放送されているものと同じようにCM入りのものは無料で、CMをカットしたものは有料にすればよいのではないだろうか。CMカットということを逆手にとって収益源に変えてしまうのである。また、有料を嫌がる視聴者は必ずCMを見なければならないため、広告主や広告代理店の利害にもあってくる。視聴者にとっては高品質の番組を時間を選ばずに視聴できるし、CMをカットしたければ視聴料を払えば良い。つまり、「視聴タイミングを自由に選べる」「高画質で見られる」と「無料(CM有り)」または「CM無し」というメリットを享受できる。わざわざHDレコーダーに録画して見たり、画質が荒く、著作権に違反しているYouTubeにアップされた動画を見る必要はなくなるはずだ。CMを見るか見ないかの判断を視聴者に任せつつ、民放は収益を適切に確保するスキーム構築するということである。 上記のスキームを構築するためには、広告代理店やテレビ・HDレコーダーを製造するメーカー、テレビの出演者との交渉など、取り組むべきことが山積みである。テレビ局にとっては、外部環境の変化は大きな脅威ではあるものの、また機会でもある。視聴者に高い便益を提供するサービスを生み出すことに期待したい。
ホームタウン
NODのサービスは、NHKが放送する番組や過去に放送した番組を有料で視聴できる映像配信サービスである。配信する番組と期間は2種類あり、「見逃し番組」と呼ばれ特定の番組を放映後一週間配信するものと、「特選ライブラリー」と呼ばれる過去に放映された名作や人気作品約1,000本の作品を権利許諾期間内に配信するものに分かれる。Windows PCでの視聴に加え、テレビ向けサービスの「J:COMオンデマンド」と「アクトビラビデオ・フル」、「ひかりTV」を通じた視聴も行える。
NODは大きな期待を持たれてのスタートとなっているが、同時にいくつかの指摘もされている。一つは提供サービスについて、もう一つはビジネスの在り様についてである。提供サービスに対しては「見逃し番組はなぜ一週間しか見られないのか」「ネット世界の常識であるロングテールを無視して、提供コンテンツを人気のあるものに絞る必要があるのか」といったものであり、ビジネスの在り方については「そもそも“受信料”として徴収したお金を別のこと(NODサービス)に利用することがおかしい」といった意見である(NHK側は「番組の制作費はすべて受信料で賄われ、NODの収入はあくまでも追加の権利処理と配信にかかるコストになります。」とコメントしていたが、「サービス開始から6―7年後、約40万人の視聴者を獲得できた段階で単年度黒字化を目指す。収入不足分は、受信料からの借り入れでまかなう方針だ。」との新聞記事もあり、しばらくは受信料が運営に回される見通しである)。これらの指摘には納得できる部分も多分にあるが、まずは「放送と通信の融合」を形だけでも独立採算形式のビジネスとして先駆けて実践したNHKの取り組み姿勢は素直に評価したい。
平日の夜遅くまで働くビジネスパーソンは、見られなかった番組をHDレコーダーや(やや画質・音質は劣るものの)YouTubeなどの動画サイトを利用して、深夜や休日に見ることが増えてきている。場合によっては通勤時間にモバイル端末を使って視聴することもある。録画再生においては、デジタル放送の登場により、録画しておいた番組がスポーツ中継の延長で開始時間が変わった時でも自動的に時間変更に対応してくれるなど、ネットワーク等の深い知識を持たない人でも少しの操作を覚えるだけで番組を視聴する際の選択肢が増えてきた。またネット上での動画視聴の前提としてブロードバンドの環境が整備されてきたこともある。このような状況で番組を視聴する際、はたしてどれくらいの方がCMをきちんと見るだろうか。おそらく殆どの方はCMをスキップするだろうし、そもそもYouTubeにアップされた番組からは、丁寧にCM部分がカットされていることが大部分である。(※テレビ放映された番組を無許可でYouTube等動画投稿サイトにアップすることは著作権法違反に当たり、YouTube側もそのような動画を発見次第削除しているが、現状はいたちごっこになっており、その現状を前提に論を進める。)
この影響を実感し始めている民放各社は、新たな収益源の確保を模索する必要に迫られており、その一つが先に述べた有料のネット配信であるとも考えられる。
さらに、民放がネット配信を進める際は、広告主や広告代理店との利害が一致しない可能性が大きく、そのためにネット配信を本格的に開始したとしても、コンテンツが圧倒的に不足していたり、好きな時に見られないなど、HDレコーダーやYouTubeでの視聴と比べてアドバンテージを得られるとは言い切れない。
なぜこのように考えるのか、それは次のアンケート結果によるものである。Yahoo!JAPANが2008年4月に実施したアンケートでは、インターネットを1日に2時間以上利用する人が64%もいる。さらに5時間以上利用する人の比率がじわじわと上昇してきており、4月のアンケートでは17%にものぼる。一方で総務省情報通信政策局放送政策課が発表する、1日(平日)のテレビ平均視聴時間量は、ピーク時の2003年が4時間を超えていたものが、2007年には3時間44分と減ってきている。
インターネットの利用時間の中にはYouTubeやインターネット経由でテレビ番組を視聴する時間も含まれるが、ネット配信や動画投稿サイトの利用定着により、今後さらにインターネット利用時間は増え、逆にテレビ視聴時間は減ってくると考えられる。このことは、番組を視聴するという行為がインターネットを利用するという行為に吸収される、つまりは、テレビ(放送)という一方通行のコミュニケーションはインターネット(通信)という双方向のコミュニケーションに吸収されてしまったことを意味している。