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2008.10.16

医療のボーダレス化の可能性とその対応を考える

 麻生首相就任と共に臨時国会が開会された。多くの事案について検討されているが、その中でも相変わらず厚生労働省絡みの話題は尽きない。特に「後期高齢者医療制度(長寿医療制度)」については、舛添大臣が見直しの考えを表明するなど、多くの関心を呼んでいる。この話題以外にも医療保険制度については多くの検討事項があるが、人口減・少子高齢化といった環境の変化によって制度の根幹を見直す必要に迫られており、今後行われるであろう総選挙でも大きな争点の一つになるに違いない。

 しかしながら、議論されている医療に関する話には「日本人は医療サービスを日本の医療機関で受ける」という前提が置かれている。仮にこの前提が変わってくると、医療保険制度自体や、我々医療サービスを受ける側が取るべき行動が変わってくるはずである。現状は日本の医療機関のレベルも高く、また医療費請求手続きの煩雑さや言葉の問題・海外医療の情報不足もあり、上記の前提が成り立っている。しかし、数十年という長期的なスパンで捉えると、医療サービスを海外で受けることが特別なことではなくなる時代が到来することが考えられる。
 この可能性を考える理由は大きく2つある。①日本国内の不安定な医療保険制度、②新興国の医療サービスの高品質化である。
 今年になって健康保険組合が相次いで解散し、また9割の健康保険組合の収支がマイナス状況に陥っているなど、日本の保険制度は大きな転換点を迎えている。先進的な治療方法や高度な医療技術は現状の健康保険では対象外になっており、最新の医薬に関する厚労省の許認可のスピードも遅い。そのため海外でしか受診出来ないサービスもあり、健康保険の対象から漏れた医療サービスを受けるためには、もちろん海外でサービスを受けることになる。また今後の少子高齢化・人口減という事象から考えてみても、健康保険組合の収入は減る一方で被保険者の負担は増加する。この状況が進めば、医療費の負担減を期待する健康保険組合が、仮に日本国内で保険が適用される医療サービスであっても、国外の医療機関で受診した方が航空券代など諸々の経費を含んでも割安になる場合には、国外での受診を薦めることも十分に考えられる。このように、医療保険制度・健康保険組合運営の不安定さから、患者が求めるだけでなく、健康保険組合からも海外の医療サービスを促す機運が高まるはずだ。
 ちなみに、デリーやバンコクなどにある病院は、特殊な治療を除けば日本と同等のサービスを提供することができる。また日本との物価の差や為替により、ゆくゆくは航空券の費用を加算しても日本よりも安価に高品質な医療サービスを受けられる状況になることも考えられる。
 患者や健康保険組合からすれば安価で質の高いサービスを求めることはもっともなことであり、今後は「治すために入院しなければならない○○の治療を考えているが、どの病院にお願いしようか」と考える際に、海外の医療機関を選択する「ボーダレス患者」が発生し、増加していくと考えられる。

 このように現状のまま何も対応を取らなければ、医療のボーダレス化進展は避けられないだろう。実際に国民皆保険ではないアメリカでは、すでに多くのボーダレス患者が発生している。デロイト社の調べによると、アメリカでは現在すでに75万人のボーダレス患者がおり、その人数は今後3年間で600万人にも増加するとのことである。社員が加入する保険への支払いという医療費負担に迫られる企業の中には、自社の社員に対してシンガポールでの治療を薦めているところもある。医療費が高額なアメリカと比べると、航空券を含めてもこちらの方が安上がりで、本人負担分も抑えられる。もはやアメリカにおいては国外で医療サービスを受けることは一部の富裕層に限られた特権ではなく、多くの人々にとっての選択肢の一つになってきている。このような状況に対し、すでにアメリカの医療機関は対抗を始めている。単純に診療コストを下げて費用面での差を埋めるとともに、メキシコの病院を買収するなど、医療機関自身がグローバルに展開することを模索しているようだ。

 前提が変わり「ボーダレス患者の増加」が現実のものになる時代を迎えるにあたって、国(厚生労働省)・国内医療機関・患者のそれぞれは、どのような対応をとるべきであろうか。

 仮に国が、国民皆保険という考えを捨て自国民への医療サービス提供を外国の医療機関に委ねることは、国家として国民に医療サービスを提供することを放棄することを意味する。このような状況は国家として重要な「国民が安心して暮らせるための環境整備」機能が欠落しており、自国民としては非常に憂慮すべき事態である。この事態を防ぐための策を練ることが、国(厚労省)が取るべき対応で最も重要なことになる。では国は何から手をつけるべきか。まずは国民が最先端の医療を安価に受診できる環境を提供する上での支援を行う必要がある。ITネットワークを用いた遠隔治療や、ヘリコプターなどを用いた医師や患者の移送機関を国の責任により整備することで、自国民が自らの住まいの近くで最新の治療を受けることが可能になるはずである。さらには、ボーダレス患者発生の原因になるであろう医療保険制度・健康保険組合への対応も欠かせない。国民が必要としている医療サービスを見極め、保険対象となるサービスを迅速・適切に許認可できるような体制構築、技官育成の環境整備が第一歩になる。それとともに、医療サービスも均一価格とするのではなく、患者・健康保険組合にも同じ医療サービスでもサービスの範囲と価格を選択できる体制と、選択のための情報公開・ヘルプデスク等を設置することも必要になる。この体制が円滑に運営されれば、健康保険組合の収支も健全な状態になり、正常な運営が期待できる。

 医療のボーダレス化が進展することで、国内の医療機関には今まで以上に強烈な改革プレッシャーがかかる。これまで閉ざされた日本国内を対象にしていた医療という分野でも、価格と質という両面でグローバルな競争にさらされる。すでに外資の株式会社病院(健康保険は利用できない)も国内に進出している。ならばこの考えを逆手に取ることが、医療機関の取るべき対応のヒントになるのではないだろうか。具体的には積極的に海外に進出して現地の医療機関と提携し、患者というパイを大きくすることに注力することが必要になる。現状では日本の医療レベルは世界でトップクラスである。今のうちから世界に日本の医療機関のレベルの高さを示すことは、その後の海外での患者獲得の際にも非常に大きなアドバンテージになるはずである。

 同様に、患者を取り巻く環境は随分と変わるはずだ。おそらく、患者と医療機関の関係性が変わることになるだろう。現状の患者と医療機関の関係性は、医療の最新トレンド・各医療機関のサービス提供レベルといった情報において格差があり、医療機関優位だと言える。しかし患者が海外の医療機関も選択できるような環境が整備されると、その関係性は変わってくる。医療についての専門性については医療機関の優位は変わらないものの、各医療機関のサービス提供レベルや費用対効果の観点での医療機関を比較した情報については、患者側も入手することができ、それによって旧来の医療機関優位の関係性を大きく変えることになるはずだ。患者は自ら、提供サービス・コストといった観点でメリットがある医療機関をより正確に選択することができるようになるし、期待していたサービスを受けられなければ、セカンドオピニンを活用したり、場合によっては医療機関や主治医を鞍替えする動きも進むはずだ。また、ちょっとした怪我を診てもらう医療機関と、高度で専門的なサービスを受ける医療機関を患者自らが使い分けることができるようになる。このような状況下では、患者にとって正確な情報をどれだけ早く入手できるかということが重要になる。自らの症状に対する効果的な医薬や治療の情報、また国内で受けられるサービスとそうでないサービスを正確に把握することが必要になる。このようなことを自分で行うのが難しいのであれば、信頼できる主治医を探し、頼ることも一つの方法だろう。

 自らの健康・命をどのように守っていくか、そのための選択肢や方法は今後ますます増えていくだろう。不確実な未来に対しても、前提を疑うことで見えてくることがあるはずだ。

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