2012.05.28
台湾勢の軍門に下ったシャープ、コモディティ化時代を生き延びる企業戦略とは
かねてから業績の悪化を噂されていた国内屈指の家電メーカー(というより独自開発の液晶ディスプレイを使った“アクオス”で市場を席巻し、液晶TVの勝利者となった)シャープが、台湾の鴻海精密工業グループ(独自のブランドを持たない部品メーカー)の資本参加を受けました。これにより当面の危機は回避することができたとし、株式市場で低迷していたシャープの株価は急騰しました。TVや新聞でも資本提携という見出しで報道されましたが、鴻海精密が株式比率10%前後を保有する筆頭株主ということになり、実質は買収されたということになります。
また液晶技術の要ともいうべき、カラーフィルター技術をもつ堺工場も、鴻海精密の関連会社が株式の40%以上を保有することになり、完全に同グループの傘下になったということになります。出資方法はシャープの第三者割当増資によって発行した株式をそっくり鴻海精密が引き受ける格好ですが、同グループが出資する金額は670億円前後ということです。この金額はシャープという巨大企業のイメージから考えるとあまりに少ない金額です。その程度であれば国内の他の電器メーカーや銀行が簡単に提供できそうなものですが、いずれの企業もシャープに市場価値や利用価値を見出すことができず、シャープ側から鴻海精密にすがったという形です。
なぜシャープほどの企業がこれほど苦悶することになったのでしょうか。その直接的な要因は、同社の主力製品であり稼ぎ頭でもあった液晶テレビが、韓国や台湾などの家電メーカーの低価格製品によって、市場での競争力と消費者の支持を失ったことにあります。日本が強烈な円高に喘いでいるのを尻目に、韓国・台湾勢は自国の通貨安に加えてローコストでの開発・生産体制を構築し、製品性能的にもシャープ製と同等のものを安い価格で提供するというビジネスモデルを確立しました。シャープが価格競争で対抗しようにも、韓国・台湾勢と同じような価格では利益がでないという状況なのです。 しかし最大の理由は、シャープが世界の液晶TVのマーケットの趨勢、というよりもコモディティ化する製品によるビジネスを見誤ったことにあるのではないでしょうか?デジタル製品は早々にコモディティ化するという時代の流れに対して、そういった製品を事業の軸にしてビジネスを成立させ利益を出すにはどうすればよいかという戦略を誤ったということです。
TVに限らずデジタル製品や家電製品は、そのすべてがコモディティ化する運命にあるといっても過言ではないでしょう。製品のデジタル化によって分解工学で解析できる領域が広がり、どんなに優秀な製品や部品を開発しても、すぐにその秘密を解明され性能的に同等の製品が開発されてしまいます。当初はコストは安いが品質的にはまだまだというレベルの製品が、人件費の安い国や地域で生産され市場に出回ってきますが、 次第に品質が向上し最終的にはオリジナルと同等レベルの性能の製品が安いコストで提供されるようになります。追いつかれるまでの時間が極めて短くなり、先行者利益を十分に享受することができないままに、コモディティ化しコスト競争に突入することになります。
かつてプラズマTVを敗者に追いやって市場の覇権を握った液晶TVも、コモディティ化する時間は想像以上に早く、当時の液晶TVの雄だったシャープもコモディティ化への対応を迫られることになります。そのときに選択した道はコスト競争力を磨く以上に、より高性能高品質の製品を市場に投入することと、より付加価値の高い製品を投入することでした。ナンバーワンメーカーの面子にかけて、最高性能や高付加価値の製品を提供し続けることで、そのブランドイメージの高さも相まって市場で勝ち残れると判断したのでしょう。その証拠に主要製造拠点を国内に定め、三重県亀山や大阪の堺に工場を追加建設し、3Dテレビや高精細TV、超大画面などのより付加価値の高い製品を開発し投入することで差別化を模索し続けました。 これは明らかに富裕層の多い、北米、欧州、日本市場に軸足を置き、高価だが性能は最高という製品でビジネスを行っていこうという考え方です。国内で製造する以上、高い人件費と円高というコストには厳しい苦しみを背負うことになりますが、提供する付加価値によって価格を高く維持することで、ビジネスとして成立すると考えたのでしょう。
シャープの戦略に対する国内外の市場の反応は、一部のマニアや新しいものに飛びつく層、そして買い替え時期が重なった比較的富裕層が3Dや高精細のハイエンド向け高価格の液晶TVを購入しましたが、市場のマジョリティは「性能は標準レベル、価格はできるだけ安く、サイズはできれば大きい、液晶TV」という、いわゆる普及価格帯の製品を選びました。韓国・台湾勢は、このニーズに対する製品ラインナップを充実していたので、あっという間に顧客の支持を取り付け、北米や欧州の市場を席巻してしまいました。ちなみに日本国内の市場への韓国勢の参入は進まないので国内メーカーが中心になりますが、それでも売れ筋は日本製の「性能はそこそこでサイズはできれば大きく価格は安い」でした。最新機種ではなく型落ち機種で安くなったものを購入した人も相当数に上ります。 この結果、高付加価値高価格帯を狙ったシャープは市場のマジョリティを押さえることができず、コモディティ化した液晶TVで利益を稼げずに凋落し、普及価格帯を選ぶマジョリティを押さえた韓国・台湾勢が液晶TVの勝者としてシャープにとってかわりました。高性能であればすこしくらい高価格でも市場は振り向いてくれるだろうというシャープの戦略は崩れ、先進国といえども市場のマジョリティは普及価格帯にあるということです。さらに低価格化は新しい顧客層(新興マーケットであるアジア地域で新しく薄型TVを購入しようとする層)までを取り込むことができ、多くの製品を販売することにつながったことが低コスト化へのドライバー要因となり、より大きな市場を席巻することにつながりました。
このようにコモディティ化するデジタルや家電製品では、普及価格帯で生き残るためのコスト競争力を持ち、普及価格帯を求める顧客層のニーズに合わせた製品を投入し続けることが最優先テーマであることがわかります。つまりコモディティ化する製品でビジネスを行おうという企業は、普及価格帯製品でのコスト競争に勝つことが第一の関門であり、普及価格帯で勝たずして高付加価値高価格路線で戦うことはできません。コスト競争で敗北した企業は市場から去るしかないのです。 シャープがとるべき戦略は、他社に先行した高品位パネル拠点は国内におき、普及価格帯パネルの拠点を海外におくという生産供給方式、国際最適製造体制を構築してコスト競争に勝利することだったのではないでしょうか。自社のフラッグシップともいうべき、高品位製品の研究開発と製造試験拠点は日本におき、国内の工場でパイロット生産を行って生産ノウハウを蓄積します。しかし早々に高品位パネルがコモディティ化して普及価格帯に値下がりしてしまうので、他社に先駆けて生産を海外の人件費の安い地域の工場にシフトし、極めて低コストで製造できるような仕組みを構築するということです。 この方式はデジタル一眼を製造している日本のカメラメーカーが採用している方法です。高価格帯の製品を国内で製造し韓国勢が追いつき始めたころ合いを見計らって、タイの工場で普及価格帯の製品群を製造し市場に投入する方式です。この結果、日本のデジタル一眼のシェアはほぼ100%で、新規に低コスト化を武器に参入しているサムスンも、日本メーカーの普及価格帯製品の低価格戦略の返り討ちにあって思うように市場に切り込むことができていません。
コモディティ化の流れは、液晶TVに限らずすべての製品に適用できるデジタル革命がもたらした時代の流れといえます。為替とは無縁の第三国で生産することと日本勢の得意な生産改革を駆使して、圧倒的な価格競争力で市場を席巻する。そしてライバルを打ちのめして撤退に追い込んだところで旨味を得る、それがコモディティ化する製品を主軸に時代を勝ち残る唯一の手段といえるでしょう(なおコモディティ化した商品の延命策として製品単品ではなく所謂ソリューション売りのような目先を変えて販売する方法もありますが、それらは製品自体の競争力を高めることにはつながらないため、誰にでもすぐに真似できるものでありコモディティ化した製品で勝ち残るための根本的な解決策にはなりえません。またアップルのようなitunesに代表されるプラットフォームを中核にした製品構成にすることにより、製品自体のコモディティ化を防ぐ方法も考えられますが、肝心の製品を製造する側はアップルの要求を充足できる部品を提供できる激しい技術開発とコスト競争を勝ち残った企業ばかりです)。 コモディティ戦争に勝ち残った企業だけが、次の技術開発のイニシアティブを握ることができるのです。次世代大型TVの本命といわれる有機ELパネルは、コモディティ化時代の覇者である韓国勢が主導して激しい技術開発を行っており、日本勢は大幅に出遅れています。
マンデー