2012.04.27
日本で本格始動したLCC市場の差別化戦略とは?
ANAの”Peach Aviation”の就航や、JALの“ジェットスタージャパン”の価格発表を機に、LCC(Low Cost Carrier:格安航空会社)が日本で注目を集めている。LCCが、日本に本格的に定期運航便として参入した先駆けは、2007年3月のジェットスター航空(オーストラリア)の「関西空港~シドニー路線」だ。当時FSA(Full Service Airline:JAL、ANAなどのフルサービス航空会社)のオーストラリアまでの運賃が片道6万円だったところを、キャンペーン価格で往復2万円という驚愕の低価格を設定して参入したことは記憶に新しい。以降、外資系LCC5社が、名前の通り、圧倒的なコスト削減により破格の運賃を設定し、日本の航空業界へ参入している。このように日本では2007年ごろから注目され始めたLCCだが、世界では40年以上の歴史があり、欧米での市場シェアは20%以上を占めている。ちなみに、英国やマレーシアでは50%以上のシェアを誇っているほどだ。この流れが今まさに日本にも及ぼうとしているのだ。”Peach Aviation”に続いて、”ジェットスタージャパン”は7月に就航する予定だ。さらに8月にはANAがもう一つのLCCとして、エアアジアとの共同出資により”エアアジアジャパン”を就航させる予定である。加えて、地方空港や成田空港が、発着料の大幅低下や路線拡大によりLCCの受け入れを進めていることも考慮すると、現在日本航空市場全体の3%程度に過ぎないLCCのシェアは、今後大きく成長していくことと考えられる。このような流れの中、日本市場でビジネスを展開するLCC各社は、FSAに対して圧倒的な低価格設定で差別化するだけでなく、成長が見込まれるLCC市場でシェア争奪戦を制するために、いかに他のLCCと差別化を図っていくかが課題になってくるだろう。
では、他のLCCを相手にする場合に、どのような差別化が考えられるだろうか。差別化要素を考える上で、まず、LCC各社の共通点を把握すると、主に以下の8点となる。LCCは「安さ」を実現するために、この8点を徹底し、人件費・燃料費・機材費(整備費)・空港費を削減しながら破格の低価格設定でもしっかりと利益を確保するビジネスとなっている。
1つ目は、“更なるコスト削減により、他社よりも圧倒的に安い運賃を設定する”パターンだ。この差別化で成功する代表的なLCCは、欧州でナンバーワンの乗客数を誇るライアンエアーである。同社は、キャッチコピーに「私たちは皆様にたった一杯のコーヒーも出しません。チケットを19ユーロで売るだけです。」とあるように、客室乗務員の業務の更なる単純化のために、座席のリクライニング機能や、座席前にあるシートポケットや窓のブラインドを排除するなど、次々とコスト削減に向けた改善を実施している。その結果、フランクフルト~ローマ間(東京~長崎間の距離に相当)では、鉄道が所要時間20時間50分で片道運賃96ユーロ(約1万820円)に対して、所要時間1時間45分(空港までの移動時間を含めても4時間)で片道運賃12ユーロ(約1345円)という破格の値段を設定している。ライアンエアーは圧倒的な低価格設定により、FSA各社からだけでなく、航空機以外の移動手段から顧客を奪取することに成功しているのだ。
2つ目は、“他のLCC各社と同等レベルの低コストながら、定時運航・快適さを実現する”パターンだ。この差別化で成功する代表的なLCCは、世界最大のLCCであり、LCCのビジネスモデルの生みの親であるサウスウェスト航空である。同社はLCCながら、アメリカ合衆国運輸省が発表する「受託手荷物の紛失件数の少なさ」「定時運航率の高さ」「顧客からの苦情の少なさ」の3部門において、1992年から5年連続アメリカ全航空会社中でトップとなっている。同社では、これらを実現するために、社員の訓練に力を入れている。例えば、全従業員に対して毎年「ものごとをより良く、より速く、より安く成し遂げること」「格別の顧客サービスを提供すること(“おもてなし”)」「他人の仕事を理解すること」「企業文化を堅持すること」について訓練をしているほどである。「安さ」の追及のために教育コストを削減するのではなく、「安さ」と「定時運航」「快適さ」を両立させるために徹底的に社員を教育しているのだ。このような経営が、主なターゲットとするビジネス客に大きく受け入れられた結果が、2010年の世界1位の乗客数(1億200万人)という記録に繋がっているのだろう。
3つ目は、“他社より高コストでも、2に加えて利便性を実現する”パターンだ。高コストを許容する航空会社を、本格的なLCCとは考え辛いかもしれないが、空港の使いやすさや、カスタマーサポートの充実といった“利便性”を追求する差別化も考えられるだろう。この差別化で成功する代表的な企業は、日本で増収増益を続けるスカイマークだ。同社は、サウスウェスト航空を手本として設立された企業だが、ビジネスマンをターゲットにしていることもあり、羽田空港や神戸空港、福岡空港、新千歳空港と利便性が高く、発着料の高い空港を使用している。LCC並の徹底したコスト削減を行い、JALやANAと同等の利便性にもかかわらず、約半額の料金設定を行うことで顧客を奪取することに成功しているのだ。
以上3パターンの戦略を代表的な企業を例にとって説明してきたが、より安く飛行機を利用できることを顧客に提供するというLCCの存在意義に立ち返ると、LCC各社が最も重視すべきはパターン1になるだろう。しかし、価格競争で対抗し合うことは、企業体力の消耗戦となり、いずれ限界がくるものだ。つまり、LCC各社は徹底的なコスト削減を進める中で、できるだけ低コストでパターン2や3への展開を実現することが必要になってくると言える。そのためには、上述した8つのLCCの共通点に捉われずに、広い視野で自社のターゲットに合致した戦略を考えることが重要だろう。パターン3で紹介した事例は、その代表例であり「混雑していない第2空港を利用する」というLCCの共通点に捉われずに、ターゲットであるビジネスマンに合致した戦略を考えた成果だ。同様に考えると、例えば、シニア層をターゲットとした場合には、「ネット販売中心にチケットを販売する」のではなくインターネットになれていないシニア向けに“チケットカウンターを充実させる”ことや、「サービスを絞り込み業務を単純化する」のではなく“従業員が率先してシニア層の顧客に気遣いをかけること”などが考えられる。このように、自社のターゲットを明確にし、そのターゲットに合致したサービスを、8つのLCCの共通点に捉われずに考え、実現していくことが、他のLCCに対する差別化に繋がるのではないだろうか。
日本の航空市場においてLCC各社の本格的な競争は、まだ始まったばかりだ。これから、各社独自の差別化戦略を掲げ、自社の成長に向けて奮闘することだろう。LCC各社の成長は、日本と海外の移動をより気軽なものにするというメリットをより多くの人々にもたらすことに繋がる。そして、LCC各社の成長により、より多くの外国人が気軽に来日できるようになることは、人口減少が進む日本の経済の活性化にも繋がるだろう。日本でLCC各社が成長を遂げ、より多くの国と日本を結んでくれることを期待している。
レトリバー
1.保有する機種を(Boeing737クラスの)小型機種1種類とする
(機材費・整備費の削減、乗員や整備員の人件費削減などのため)
2.サービスを絞り込み業務を単純化する(客室乗務員の人件費削減、業務の単純化などのため)
3.混雑していない第2空港を利用する(空港費の削減、混雑による離着陸待ちの回避などのため)
4.ネット販売中心にチケットを販売する(チケットカウンターのコスト削減などのため)
5.短距離路線へ絞り込む(燃料費の削減、狭い座席による顧客満足低下の抑制などのため)
6.経由をせず2地点間の単純往復で運航する(乗り継ぎ作業などの業務の単純化などのため)
7.航空機の稼働時間を多くする(機材購入やレンタル費の回収期間短縮などのため)
8.機内の座席を多くする(旅客1人当たりの運航コスト削減などのため)
つまり、LCCは、一般的に「利便性」「快適さ」などに対して、ある程度見切りをつけることで、圧倒的なコスト削減を実現するビジネスと言える。また、従業員の削減や保有機材の削減を行うことにより、トラブルが発生した際のリカバリは、FSAと比較して取り辛く「定時運航率」も低くなる傾向がある。しかし、LCCにとって最も重要なことは低コストの実現であり、上述のビジネスモデルを大きく変えることは現実的ではない。よって、考え得る差別化は大きく次の3パターンとなる。