2009.07.22
決算書の数字に潜む意図
日本の金融庁で国際会計基準(正式には国際財務報告基準:International Financial Reporting Standards ,以下IFRS) の導入が検討されている。先日の企業会計審議会では、IFRSに基づく連結財務諸表の作成を、2015~16年にも企業に義務付けるとした中間報告が正式に決議された。IFRSは、欧州を中心に既に世界100カ国以上で使われている会計基準である。日本では、段階的導入を検討しているが、最終的に義務化の対象は、全上場企業の約3000社となる見込みだ。義務化が実現すれば、進出する国ごとに異なる決算書を作成する作業が省け、海外投資家からの資本調達もしやすくなる。早速、導入を視野に入れた民間の推進機関も発足し、会計士を対象とした教育・研修システムや、企業経営者や投資家への広報体制の整備にも乗り出している。 これまでも日本では、IFRSに収斂していく形で会計基準の新設や改訂が行われてきた。その都度、最終損益が億単位で違ってくることも少なくなく、今後本格的にIFRSが導入されれば、企業の中には経営戦略の転換を迫られる企業も出てくるだろう。では、具体的に会計基準の変更が企業の業績にもたらす影響は、どの程度のものか。 例えば、国際会計基準の導入を機に日本でも導入が検討されている、ポイントやマイレージの新たな会計処理基準がある。この基準が適用されれば、ポイントやマイレージを販売促進のために使用する航空会社を始め、家電量販店や百貨店の負債額が大きく膨らむ可能性が高い。従来日本では、ポイントやマイレージに関する明確な基準はなかった。新基準が適用となれば、ポイントやマイレージ発行時にその特典分を売り上げから差し引き、特典分は企業が将来実行すべき「負債」として計上、消費者に使われた時点で「売上」として計上するフローを一律で採ることになる。特に、日本航空・全日本空輸2社の2009年3月期のマイレージ発行額は、少なくても650億円にのぼると想定されている(野村総合研究所)。従って、新基準を導入した場合は、少なくともこの額と同程度以上の債務が発生することになり、航空会社を中心に今後の顧客の囲い込み戦略に影響を与えそうだ。 元々、会計の本質とは、「ビジネスの言語」であると言われてきた。「言語」とは、広い意味で情報伝達の手段と言えるが、あらゆる経済主体にとって「会計」とは、大量で複雑な活動や事象を、極限まで抽象化し要約して伝えることの出来る、不可欠なコミュニケーション手段となっている。このように膨大な経済活動を、一定のルールに従って数値に移し替えることが出来る「会計」の利便性は、非常に高いものがある。 一方、会計とは、膨大な経済活動を抽象化できる反面、言語のような「多様性」の性質をも備えてきた。例えば、私たちがとるある一つの行動も、どの表現を用いて伝えるかにより、情報の受け手の認識や印象が大きく変わってしまうことはよくある。それだけ言語がバラエティに富み、微妙な要素を持っているということであるが、これと同様のことが、ビジネスの言語としての従来の会計にも当てはまる。経営実態は同じであっても、その表現(会計処理)方法の選択が企業側の裁量に任せられれば、最終的なアウトプットたる損益を何通りにもすることも可能なのだ。それ故、企業を評価する側は、個々の企業の算出する会計数値の背景を探ることが容易ではなかったケースもあるだろうし、経営者側も会計数値をより良く見せることに注力し、本質的な問題から目を背けているのが現状だ。そういった意味で、「原則主義」をとるIFRSが、世界的に統一化されることは有効であろう。「原則主義」では、各処理における企業側の自由度が高い半面、そのプロセスに対する説明責任は重い。それは、既に基準の適用が進むEU企業の財務諸表に、大量に盛り込まれている「注記」を見ても一目瞭然だろう。前述した通り、基準の移行期間においては、会計数値の見え方が変わることより混乱が生じることも予想されるが、今後IFRSの統一化が進めば、ある一定以上会計数値の透明性が高まることは期待される。 但し、どのような会計基準も、不変で絶対的なモノサシにはなり得ない。実際、IFRSも例外でなく、環境の変化に耐えきれず、IFRSそのものの大枠が見直されている。代表的な例では、財務内容の透明性向上に役立つと期待され導入が進められてきた「時価会計」の適用場面に関する議論がある。時価会計は、当初投資家にとって、客観的かつ正確な情報をディスクローズでき、企業経営者にとってもリスクを正確に認識できる万能なルールとして期待されてきた。しかし、リーマン・ショックに端を発した金融危機の下では、「もはや市場価格を使うことは出来ない」との理由から、各社の想定に基づき「論理値」を計算することが認められた。結局、価格変動が激しいリアルな世界においては、その機能が果たせないばかりか、本来の目的とは逆行し、主観が介在することとなったのだ。現在、公正価値を表すための別の評価モデルが再検討されているが、他にも基準の前提段階で見直しが急務とされているものも少なくない。 このように、IFRSが定着した後も、その基準自体は今後も環境の変化に応じて変化に迫られることになるだろう。このことからも、企業を評価する立場にある人々は、従来通り会計によって抽象化された企業の活動を、各自が紐解いていくプロセスが重要なのである。では、具体的に会計数値の根拠を探る手段には何があるだろうか。 手段は、様々あるはずだが、各企業が独自に作成する「アニュアルレポート」は、会計数値の根拠を探る最も効率的な手段の一つとして挙げられる。特に、単年度だけでなく、過去数年間の内容を読み比べることで、過去から現在にかけて「一貫していること」、「変化してきていること」が見えてくるだろう。また、それらを踏まえて、現状の表面的な会計数値に捉われない、未来の企業の業績を自分なりに分析することも可能だ。 その他、決算が終了した時点で開かれる、アナリストやマスコミ向けの「決算説明会」における「質疑応答」の内容を把握しておくことも有効である。出席しているアナリストによる質問には、素人では気付きにくい鋭い視点が含まれていることが多い。これらの質疑応答の内容は、「質疑応答資料」として自社のHPに記載されているのが一般的であり、企業の会計数値と照らし合わせて確認することで、会計数値の背景をより深く探るための材料となろう。 当然、会計数値とその背景が明確になれば、それらが現実の世界との整合性がとれているか、評価者自身が実際にサービスを体感するなどし、更なるチェックを行う必要はある。会計数値とその根拠、また現実の企業の行動と照らし合わせ、企業を評価する体制を基本の評価スタイルとして定着させることが、今後益々重要になってくる。
マカロン