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2009.04.28

世界に誇る日本型私鉄経営 次の一手は?

 2009年4月8日にリクルートが発表した「大学生の就職志望企業ランキング(『就職ブランド調査2009より』)」では、昨今の経済環境の急速な変化もあり例年とはやや異なる傾向が出たようだ。総合ランキング1位に昨年度4位の東海旅客鉄道(JR東海)、2位に昨年度9位の東日本旅客鉄道(JR東日本)が入り、100位以内に西日本旅客鉄道(22位←昨年48位)、九州旅客鉄道(48位←昨年52位)、阪急電鉄(89位←昨年221位)等が入っている。近年上位に入っていたトヨタ自動車やソニー等の自動車・電機関連企業が軒並み順位を下げる中、大手鉄道事業者の人気が高まっているようだ。このランキング結果の背景には様々な要因が考えられるが、経済環境に業績が左右されにくい安定した大手鉄道事業者の特徴も一つの要因であろう。

 日本国内で大手鉄道事業者と呼ばれるのは、一般的にはJR関連企業7社と、東京急行電鉄・阪急電鉄等私鉄16社である。実は鉄道というビジネスに於いて、私鉄企業が安定的に収益を上げている国はほとんどない。他の国では地方自治体や公共セクターによる供給が一般的で、私鉄企業も存在しても経営が安定せず政府からの支援金を受けている企業がほとんどである。例えば、スイスには60社程の私鉄があるが、その主な用途が観光用であったり、モータリゼーションの進展で利用者が減少傾向にあるにも関わらず、国策で運賃が押さえられているため収支が合わずに政府の支援金に頼らざるを得ない状況である。社会のインフラ機能を担いながら収益を上げることができている私鉄企業は日本以外にはほとんど存在せず、これらを満たす日本の大手私鉄は世界でも非常に稀な存在であると言える。

 ではなぜ日本の私鉄は安定的に収益を上げることができるのか。まずはこの日本型私鉄経営の特徴について整理してみたい。整理すると次の3点になる。
 ①鉄道事業における高レベルでの「安全」「正確」「迅速」「快適」の担保
 ②鉄道事業に必要な車両製造・電気機器・インフラ建設等の垂直展開
 ③駅を核とした沿線地域の総合開発(鉄道を補完するバス、小売(百貨店・SM・CVS)、エンタテインメント(野球・演劇)、不動産(住宅やオフィス・商業施設)といった都市生活に必要なサービスの水平展開)
 鉄道を日常の生活の中で安定的に利用してもらうためには①は必須の条件であり、日本の鉄道事業者の定刻運行はエスニック・ジョーク(列車が定刻より2分遅れた場合。日本では終着駅までの間に必ず遅れを取り戻す。ドイツでは終着駅まで2分の遅れを守る。ロシアでは予定された次の日の定刻につけば花火を上げて喜ぶ。)になるほど世界の鉄道事業者と比して極めて高いレベルにある。また、②の垂直展開、③の沿線地域開発は、本業である鉄道事業が黒字運営であったことが展開する上での前提になっている。
 上記の3点は、外国の私鉄企業が持たない日本型私鉄経営の特徴だと言えるだろう。これらの特徴がなぜ収益性向上に繋がるのか。それは以下の3つの要因だと考えられる。

 まず考えられるのは、「範囲の経済性」が効いていることがある。範囲の経済性とは、一般的には「同じ生産設備を使って種類の異なる製品を生産した場合、“設備を共有することによる生産コストの低減”、“異分野への進出にともなう事業の拡大”」を意味する。私鉄経営においては、例えば観光事業に進出する際にも、独占的に収集することのできる自社の鉄道サービスを利用する乗客情報(希望する旅行地や日程)を活用することで、グループ企業が運営する商業施設や宿泊施設は稼働率を考慮した料金設定をすることができるし、場合によっては鉄道運賃と宿泊費用の複合プランを設定することで、専業他社よりも有利にサービス開発を行うことができる。
 二つ目に考えられるのは、「事業間のシナジー効果」である。特に不動産事業は鉄道事業と密接に関連している。例えば、大都市のオフィスやホテルの利便性・価値は、巨大なターミナル駅からどのくらいの距離にあるか、更に言うと駅の出入口からどのくらいの距離かによって大きく変わってくる。また住宅を考えても、最寄りの駅が急行の停まる駅か、商業施設が付随しているか、で価値が大きく変化する。これら駅の構造や、停車駅や運行ダイヤ等、不動産事業と鉄道事業とのシナジー生み出す要素を決定するのは私鉄業者である。
 そして三つ目は、「効果的な人材育成」である。鉄道事業の傘下に複数の別事業子会社を保有していることは、多様な事業を保有することになる。この環境を活かし、多様な事業に跨る人事ローテ―ションを行うことは、グループ経営からの視点を持った人材を効果的に育成できることに繋がる。

 以上が日本型私鉄経営の特徴がもたらす収益性向上の要因になるが、経済状況の変化が激しく、また人口減少時代を迎えた日本を市場とする私鉄企業は、現状のビジネスを継続するままではこれ以上の成長は難しいどころか停滞を招く可能性すらある。では日本の私鉄企業が更なる成長を遂げるためのポイントは何なのだろうか。そのヒントは日本型私鉄経営の事業スキームを把握することから始まるのではないかと考える。
 日本型私鉄経営の事業スキームの要諦は「如何にして沿線地域の消費者を増やすか?/如何にして沿線地域の価値を上げるか?」だと言える。先に示したように私鉄企業は鉄道事業をコアとしながら事業の多角化を図っているが、収益の源泉は「鉄道利用者の日々の生活の中の需要」であると言える。この鉄道利用者の「数」と、需要を満たすことで消費者が支払う「単価」の向上が、そのまま私鉄企業の収益向上に繋がっているということである。この既存のスキームを変化させることが、更なる成長に繋がる一手になるはずだ。

 ではどのような打ち手が考えられるだろうか。
 まず考えられるのが、交通インフラに整備の余地がある新興国に対して、既存スキームを輸出することである。2007年に開業した台湾新幹線にはJRの新幹線が輸出される等、日本の鉄道技術は十分に輸出できるレベルにある。輸入国・地域に適合した都市計画を立案することができれば、スキームごと輸出し、海外で自社の私鉄ブランドを用いた鉄道及び関連事業を展開することは十分に可能であろう。これにより、新たな収益の源泉になる鉄道利用者を獲得することができる。
 また、発想を変えて「鉄道利用者の数に依存しないスキームを構築する」ことをコンセプトにしたビジネスを展開しても面白いかもしれない。通常、鉄道を利用すること自体は目的ではなく手段であり、真の目的はオフィスや学校へ移動したり、レジャーを楽しむことである。もし鉄道を利用せずに自宅や近所でそれらの目的が達成されれば、何も鉄道を利用する必要はない。現地に行かねば得られなかったこと、例えば丸の内や渋谷でしか得られることのできないこと(丸の内でのウィンドウショッピングの楽しさ、渋谷のクラブでの臨場感等)が、多くの消費者の自宅近辺で得られるようなインフラやルール作りに、企業や学校、通信事業者等と提携して成功すれば、今までの様に対象が既存路線沿線の消費者に限定されてきたスキームとは異なる、新たなスキームを構築できるはずだ。このようなスキームを構築するためには、今までの根幹になってきた鉄道事業とは関連の無い、別の資産(自社ブランド等)を有効に活用する必要が出てくるだろう。

 今でこそ日本の私鉄企業は安定・保守的のイメージがあるが、もともとは東京急行電鉄の五島慶太、西武鉄道の堤康次郎、阪急電鉄の小林一三に代表されるように、独立心・起業家精神に溢れた企業である。阪神大震災の後、政府からインフラ復旧支援の打診を受けた阪急電鉄は政府からの介入を懸念してこの支援を断り、困難ではあるが自前でのインフラ復旧を目指した。このエピソードが示すように、これらの精神はまだ健在であるはずだ。多くの企業が経済環境の影響を受けて業績を悪化させる中、私鉄企業が持つ安定性は大きなアドバンテージになる。この状況は、私鉄企業が更なる成長のための一手を打つには絶好のタイミングだと言える。世界に誇る日本型私鉄経営の次なる一手に注目したい。

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