2009.05.12
日本の空に価格破壊を起こす方法とは?
「成田~ケアンズ便 往復4万円から!成田~ゴールドコースト便 往復5万円から!」 タレントのベッキーがシュノーケリングを行い、カンガルーとのゴルフを楽しんでいる場面が映し出される。このようなCMを一度は目にしたことがあるのではないだろうか。これは、オーストラリアの航空会社の一つであるジェットスターのCMであるが、その特長は何と言っても価格の安さである。JALだと、季節や予約時期にもよるが、成田からケアンズまで少なくとも往復約8万円はかかるので、これと比較してもジェットスターの安さは歴然としている。なぜここまで安くすることができるのだろうか? ジェットスター等の低価格で航空輸送サービスを提供する航空会社は、ローコストキャリア(LCC)と呼ばれており、主に以下の方法によって低価格を実現している。 ・使用する航空機の機種を統一することで、パイロットの操縦資格や整備の共通化を図り、メンテナンスコストや乗員の研修・訓練コストを抑える。 ・大きな空港は使用せず、地方の第2次空港と呼ばれる空港やLCC専用のターミナルを使用することで、着陸料を抑える。 ・ボーディングブリッジではなく、それよりも料金が安いタラップを使用する。 ・機内飲食、機内誌、毛布、ビデオ、音楽などのサービスをなくす、もしくは有料にする。 ・座席間のスペースを詰めることで、収容人員を増やす。 ・空港での滞在時間を減らし短い時間での折り返しを行うことで、航空機の稼働率を上げる。 などなど、低価格を実現するための徹底したコストの削減や稼働率向上を行っているのである。 2009年4月現在、LCCは全世界に約200社存在し、フライトシェアは約18%である。欧米だけで見ると30%を超えており、2010年までには50%に到達するとの予測もある。また、ヨーロッパ最大のLCCであるアイルランドのライアンエアは、同国のフラッグキャリアであるエアリンガスの買収に名乗りを上げおり、イギリスのイージージェットは、同国のフラッグキャリアであるブリティッシュ・エアウェイズを2004年の旅客実績において上回るなど、ヨーロッパのLCCの成長は著しい。 成功しているLCCに見られる共通した特長は、何といっても徹底したコスト削減である。上記で記載したことはもちろんのこと、チェックインカウンターの無人化、機内パンフレットの削除、リクライニングレスの座席を使用、通路の非難誘導灯を蛍光テープで代用、などなど、ありとあらゆるところでコスト削減が行われている。 このように、ヨーロッパでは従来から存在する大手航空会社を脅かすほどにまで成長したLCCであるが、日本においてはその様子が異なる。 まず、国内線において、純粋なLCCは存在しない。1990年代後半の航空規制緩和を受けて、スカイマーク、北海道国際航空、スカイネットアジア航空、スターフライヤーが、格安運賃の提供を目指して設立された。しかし、大手航空会社より比較的安価な運賃を提供するものの、海外のLCCほど「格安」と呼べるような運賃設定が出来ていない。ちなみに、海外のLCCの運賃は、大手航空会社よりも50%以上も低く設定されており、中には90%も低い運賃が設定されている路線もある。また、北海道国際航空とスカイネットアジア航空については、過去に産業再生機構の経営支援を受けた経歴があり、スターフライヤーはANAとのコードシェアを行い、座席の約半分をANAに委ねることで何とか集客を行っている状態であり、苦戦を強いられている。 つぎに、国際線において、日本に定期便を就航しているLCCは、2009年4月現在、オーストラリアのジェットスター、フィリピンのセブ・パシフィック、韓国の済州航空の3社と少ない。今後も、韓国のジンエアーおよびエア釜山、マレーシアのエアアジアXが日本への就航を計画している程度と少ない。 ではなぜ、日本ではLCCの就航が少ないのだろうか?理由は大きく3つ考えられる。 1つ目は、高い着陸料のためである。成田、羽田、関空は世界の中でも着陸料が高い空港で有名だが、地方空港でも海外のLCCが使用している空港より2倍以上も高い。また、海外にはLCC専用の空港もあり、空港建設費や維持費を大幅に抑えることで低い着陸料を実現しているが、日本にはそのような空港は存在しない。 2つ目は、成田と羽田の発着枠がひっ迫しているためである。成田と羽田の発着枠にLCCが入れる空きがなく、また、欧米のような大都市圏における定期便ジェット機が使える第2次空港(Secondary Airport)も東京近郊には存在しない。ちなみに、ロンドンにおいては、中心部から半径50km以内に第2次空港が5つも存在する。 3つ目は、日本の航空市場がJALとANAの寡占状態にあるためである。スカイマークなどの新興航空会社が安い価格で航空券を提供したとしても、JALとANAは新興航空会社が就航している航路を狙い撃ちして、価格を下げて対応してしまう。価格が同程度であれば、あまり名前の知られていない新興航空会社よりも、信頼性の高いJALやANAの航空券が売れるのは明らかである。 つまり、上記問題を解決しなければ、日本のLCC市場を拡大することは出来ない。はたして、上記問題を解決し、日本のLCC市場を拡大する方法はあるのだろうか。 まずは、高い着陸料についてだが、日本の空港は用地買収に多額の費用がかかるため、空港建設時に多額の借金をしている。よって、借金を返済するまでは一番の収入源である着陸料を下げることは出来ないと考えられている。しかし、空港の収入源は、オフィス賃貸料のような不動産収入や、広告収入、保険代理店収入、直営店の売上など多岐にわたっている。これらの非航空系の収入を上げることで、航空会社が負担しなければならない着陸料を下げることが出来るのではないだろうか。事実、地方空港の中で黒字を維持しつづけている新千歳空港では、非航空系の収入を上げることで着陸料に頼らない経営に成功している。新千歳空港では、通常の空港施設以外にも多数の飲食店や土産物屋、ホテルが軒を連ね、非航空系の収入が空港全体の収入の約75%を占めている。(ちなみに、生キャラメルで有名な花畑牧場のショップも新千歳空港内に存在する。)よって、非航空系の収入を上げることで、着陸料を下げることは可能である。また、LCCは着陸料がより安い空港を求めているため、ある空港が着陸料を下げることで、LCC誘致のための着陸料の値下げ競争が始まる可能性も考えられる。 次に、成田と羽田の発着枠がひっ迫していることについては、横田基地や厚木基地などを第2次空港として利用し解決する方法が考えられる。横田基地の軍民共用化については、現在、八都県市首脳会議(埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県・横浜市・川崎市・千葉市・さいたま市)で検討されており、国に対して早期実現を求める要望書を提出している。これに対して政府は、2007年9月の日米首脳会談及び外相会談で、日本政府として共用化を実現したいという立場を米側に対し明確に伝えており、国の関係省庁が共用化の実現に向けて取り組んでいることからも、実現可能性は高い。また、2010年3月に開港を予定している茨城空港は、航空自衛隊百里飛行場を共用利用するかたちをとっており、東京の中心部からは約85kmと少し距離はあるものの、第2次空港としての利用は十分に可能である。また、茨城空港はボーディングブリッジではなくタラップを採用したり、出発ロビーと到着ロビーを同一フロアにすることで、旅客担当職員を同一フロアに集約することによるコスト削減が可能であったりと、海外のLCC専用空港に近い程度のローコスト空港となる予定である。 最後に、日本の航空市場の寡占状態についてだが、JALやANAが就航していない航路であれば、両社による新参者いじめは回避できるのではないだろうか。なぜなら、両社は現在、不採算路線を廃止する方向で取り組みを行っているため、赤字を出してまで新たに就航させる可能性は低いと考えられるからである。現在のところ、そのような航路はスカイマークが運航している札幌~旭川区間しか存在しないが、観光客を引きつける魅力ある観光アピールや、旅行代理店とタイアップするなどの方法で需要を創出し、JALやANAが就航していない地方空港同士を結ぶ航路を開拓することは可能だと考えられる。 以上のようにして、日本のLCC市場を拡大することは十分可能である。また、世界的にLCC市場が拡大している中で、日本だけがLCCが生まれない土壌のままであれば、日本の航空業界の国際競争力の低下を招きかねない。日本の空に価格破壊を起こすためには、国、自治体、空港会社、新興航空会社の4者の協力と努力が必要不可欠である。
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