2009.01.19
東大合格者のノートに学ぶフォーマットの活用法
新年を迎え、書店や文房具コーナーには、手帳コーナーが大々的に設置され、人だかりができている。年や期が改まると、物理的な必要性はもちろんのこと、日常的に活用する「物」を新調して新たな気分でスタートしたくなるものだ。そんな心理効果もあってか、電子手帳やPDA、携帯電話などのITツールは身近にあっても、いつでも、どこでも、書いて、見られる「紙」の手帳を活用する人は根強く存在するようだ。以前から、手帳は単なる予定管理に留まらず、効率的に仕事を進めるための自己管理ツールとして多くのビジネスパーソンが活用している。しかし、最近の「紙」の手帳には、「アナログを侮るなかれ」と云わんばかりの至れり尽くせりのサービスが体裁・書式に組み込まれている。予定に対応して書き込めるメモ欄はもちろんのこと、タスク整理欄の優先順位付けのレベル定義や「今週考えるべきこと」まで、記載されている手帳もある。つまり、単純な記入欄だけでなく、タスク・時間の管理法の示唆も含めてフォーマット化されているのだ。限られた時間の中で、複数のタスクにおいて成果を要求されるビジネスパーソンにとっては、いかに時間を有効に使うかは、重大な課題である。タスク・時間管理をスムーズに行うために、先人の知見やアイディアが詰まったフォーマットがあるのなら、活用するに越したことはない。しかし一方で、フォーマットを手にすれば、それで問題が解決するかのような意識を垣間見て、不安を感じてしまう。自己の業務や目的にあった管理・把握の仕方は、本来であれば自らの工夫を通じて発見されるものであり、その工夫や改善のプロセス自体が管理能力の向上に寄与するのではないだろうか。 手帳に限らず企業活動のあらゆるシーンで一定の型や書式を備えた「フォーマット」と呼びうる資料やデータが活用されている。例えば、会議の議事録や業務の報告書などが挙げられる。これらは、毎回決められた書式・体裁で情報が発信されることで業務の関係者が必要な情報をスピーディーに共有するために有効である。他方、若手社員などに対して、業務の効率や質を向上させるために、「フォーマット」が管理職や企画部署などの専門組織から提供されているのをコンサルティングの中で見聞きすることも多い。営業活動での質問項目や提案書作成のフォーマット、定型業務の抜け漏れを確認するためのタスクリストなどがそれに当たる。過去に同様の業務に従事した社員が得た知見が詰まったフォーマットは、企業にとっては知的資産そのものであり、OJTの効果的なツールでもある。また、それをうまく活用して若手社員がゼロから試行錯誤して同じレベルに到達するまでの時間を短縮して底上げしたいという意図もある。但し、フォーマットを作成し、提供する側には同時に懸念もあるようだ。若手社員に安易にフォーマットを提供すると、フォーマットの欄を埋め、書かれたタスクをつぶすことが、目的化してしまうのだという。結果、「フォーマット化された以外の物事の関係性など、周辺情報に目がいかず応用が利かない」、「フォーマットにないこと以外の情報を自ら取りに行かない」などのフォーマットの弊害が生まれることになる。 そのフォーマットの弊害を解消するためのヒントになりそうな本が最近売れている。
『東大合格生のノートはかならず美しい』と題されたその本では、東大合格者が高校時代に作ったノートの共通点が法則としてまとめられ、作成者のインタビューとともに、ノートの実物が複数掲載されている。国語、数学、英語など教科ごとの事例も掲載されているが、確かにどのノートも、はっとするほど情報が整理されて美しく、それぞれの意図の元にフォーマット化されているのが見て取れる。東大の入試問題は、オーソドックスで素直な問題が多く、問題の難易度で比較すれば有名私大の方がはるかに難しいとも言われる。だが、東大合格の難しさの一因は、入試の科目数の多さにある。大学入試センター試験では7科目、全問記述式の二次試験では、教科書の範囲内から出題されるものの、4教科5科目に受験しなければならない。そこで必要なことは、各教科の基本知識をインプットすること、提示された問いに対して、知識をフル活用して自分でストーリーを組み立てること、かつ、問題を見たら反射的に手が動くスピードでアウトプットするという3点に集約される。では、このような試験を突破するために勉強する過程で何故多くの人が、数ある参考書を活用するのではなく、自らフォーマットを作り、ノートを作成しているのだろうか。一つには膨大な情報を把握し、それぞれの情報の関係性を理解することが必要だからである。あるテーマに関する情報を漏らすことなく集め、自分の頭に入りやすい形で情報を構造化・体系化する中で自分なりの情報整理のルールを決めることで、フォーマットが作られている。さらに、一度インプットした情報と自分が構築したストーリーを繰り返し確認することで咀嚼し、理解を深める必要がある。そのためには、見出しを作って情報を探しやすくする、一覧で見やすくするなどのブラッシュアップを行い、フォーマットの視認性を高めておけば後で活用しやすい。そして、前述した書籍のインタビューで、ノートの作成者は、「美しいノートを作るためでも、試験で良い点数を取るためでもなく、その教科に興味を持ち、知りたいと思って情報を整理していった結果、美しいノートのフォーマットができたと」コメントしている点も重要な示唆を与えてくれそうだ。 では、ここで改めて盲目的なフォーマットの利用がもたらす弊害の問題を考えてみたい。先述した東大合格に求められる3つの要素、①情報のインプット②インプットした情報の構造化・体系化③スピーディーなアウトプットは、日常のビジネスシーンでも多くの場面で必要になる。そして、企業が若手などに提供するフォーマットは①や②に寄与するものが多いと考えられる。だが、学問の比較的体系化しやすい領域でも参考書などの他者の整理・構造化したものをそのまま自分に取り入れるのは難しいように、ビジネスの業務に関してインプットした情報は自分でルールを作って整理し構造的に理解しなければなかなか活用するのは難しい。 そこで、若手社員にフォーマットを提供する前にまずは、フォーマットの活用の仕方自体をインストールすることが必要だ。与えられた既存のフォーマットで何ができて、何ができないのかを把握し、自分なりの補完をすることも含め、活用法を発見し、その利用を習慣化するプロセス自体を体得しなければならない。さらには、その活用法も一度発見できれば、完了という類のものではなく、より効果的に活用できるようにバージョンアップを繰り返すよう指導し、そこで生まれた新しい知恵を共有する機会を設けることも有効だろう。大前提として、業務に対する興味や内発的な動機づけがあれば、これらの活動に自然と取り組むのではないかという意見もあるだろう。但し、せっかくの企業内に蓄積された資産を無駄にせず、フォーマットの弊害も防ぐためには、そもそもの業務の効率や質の向上に必要な活動から理解を促し、その中でのフォーマットの位置づけを確認することから始める必要があるのではないだろうか。 スパイラル