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2008.09.09

今の日本に必要な「学力」とは

 先月29日に文部科学省から、4月に実施された全国一斉学力テストの結果が発表された。文部科学省主体で行われた全国規模の学力調査としては、43年ぶりに昨年から実施されたものである。数十年ぶりに調査が再開された背景には、経済協力開発機構が世界各国の15歳の生徒を対象に行った学習到達度調査、PISA2003において日本の順位が下がったことが、「ゆとり教育の結果」であるとマスコミ等で指摘されたことにある。PISAでは、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3領域で学力を把握するが、2003年には全領域で順位を下げる結果となった。また、2006年の調査においても、日本の被験者は下位層が増加するとともに、上位層の割合が減少していることも課題として指摘された。これらの結果を憂慮した国が、まず着手したのは、現状把握のための全国一斉学力テストである。その目的は、「全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、各地域における児童生徒の学力・学習状況をきめ細かく把握・分析することにより、教育及び教育施策の成果と課題を検証し、国家、各教育委員会、各学校が教育の改善サイクルを確立し、児童生徒への教育指導や学習状況の改善等に役立てる」とされている。確かに、「ゆとりと充実、ゆとりと潤い」をスローガンに掲げ学習領域を縮小した教育方針に反するという指摘や、60億の国家予算をかけて実施する価値があるのかという議論はあるが、全国一斉学力テストがこの目的通り活用され、教育のPDCAサイクルが回り児童生徒の学力向上に繋げることができれば、十分に投資の価値はある。

 今年の全国一斉学力テストは、小学6年生と中学3年生を対象に全国の国公立・私立の21,699校で実施された。その内容は、国語・算数の「知識に関する問題」と「活用に関する問題」で構成されているが、平均正答率は両科目ともに昨年度に比べ9~16ポイント低下した。文部科学省では、正答率低下の原因は「昨年度より幅広い課題を探ったため、結果的に難易度が上がった」とし、出題傾向の変化をポイント低下の背景として挙げている。また、この2年の結果から都道府県別の正答率は、秋田・福井などの上位層と沖縄・北海道などの下位層が固定化し、教育の地域間格差の問題も明るみになった。だが、最も明確になった課題は、「知識・技能の定着にも改善の必要があり、その活用は更なる改善の必要がある」ということだ。例えば、国語で言えば漢字の読み取り問題は正答率が高いが、文章の読解力を問われる問題の正答率が低い。算数も同様に単純な計算問題は解答できるが、複数の資料から課題解決に必要な情報を整理し、事象を数学的に解釈して説明することはできない、という傾向が明らかになった。

 では、この課題を解決するためには、どのような教育施策の打ち手が考えられるだろうか。まず、第一に「知識・技能の定着」を促すためには、ある一定の期間、習得のトレーニングを積む必要があるだろう。2007年に安倍首相の下、「教育再生」が謳われゆとり教育の見直しが着手された際にも、日教組などから「ゆとり教育の推進」の必要性が指摘された。しかし、「ゆとり」が必要なのは、教育現場の環境やその教育手法なのであって、「学ぶ内容を削減する」というゆとりが必要なのではない。学習指導要綱の方針が数年単位で大きく変更されることに疑問の声が挙がるのは当然だが、知識や技能は学ばなければ身につけることはできない。義務教育の想定水準の知識・技能を習得するための教育は強化せざるを得ないだろう。

 では、次に「知識・技能の活用」に関してはどうだろうか。新たに取り入れた知識や技能を活用してこそ、その習得の意義があるわけだが、日本の教育でいう知識・技能の活用とは、知識の応用レベルの少し複雑な問いに答えられるかを指すことが多い。これまでの日本の教育では、ある一定量のトレーニングを積んで解法パターンに辿り着いた人が解ける問題が、活用力を評価する問題として認識されているといえる。この手の活用力を強化したいのであれば、知識の応用のアウトプットパターンを教えればよい。

 但し、アウトプットパターンを増やしただけでは、現在の社会・ビジネスシーンの問題を解決することは難しい。変化が激しく複雑化した社会の諸問題に対処できる人材を育てるためには、自らがきちんと物事を考え、必要な知識を習得して問題解決を図る力を強化する必要がある。最近では、問題解決力強化のために少人数での指導で自発的な活用のアイディアを子供自身に考えさせる授業が効果的だとの見解もある。また、「なぜ」「どうして」を徹底的に考えさせ「どのように学ぶか」「どのように問題を解決するか」を教えるフィンランド式学習方法もある。しかし、これらの考え方は、「あくまで知識を習得してから考え、活用する」という日本の従来の教育観とは根本的に思想が異なる。つまり、問題解決力を強化したいのならば、現在の日本の教育の「知識の習得」と「その活用」のとらえ方自体を見直す必要がある。さもなければ、「知識の活用」という言葉の実態は、あくまで知識の習得とその応用レベルに留まり続け、本質的な問題解決力の向上には寄与しない教育が繰り返される可能性が高いだろう。

 今年告示された2011年度から実施する学習指導要綱では、ゆとり教育から方針を転換し「生きる力につながる言葉の力を育むこと」が新たに提示された。言語活動というと国語科領域のテーマに感じられるが、ここで示された方針では、「言葉を通した言葉の力の育成」を国語科の領域で行い、他教科において「体験を通じた言葉の力の育成」が企図されている。確かに人間の思考には言葉は不可欠であり、多くの語彙を習得するだけでなく、体験を言葉で表現し、他者とコミュニケーションする力の育成に異論はない。特に、ゆとり教育を受けた世代が、他者との関係性の意識が薄いことを指摘されていることを考えれば、妥当な方針転換といえるだろう。しかし、見失ってはいけないのは、今必要とされている学力は単なる知識やその応用ができるレベルではなく、自ら学び取る力や知識や他者の力を活用して、自分で問題を解決する力である。一朝一夕での到達は難しいが、ぜひこれからの世界を生き抜く問題解決能力を身につけるための教育が行われることを期待したい。

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