2008.08.08
これからの次世代企業リーダーの育て方
年初からメディアで取り沙汰されている通り、今年は米大統領選挙の年である。11月の本選挙に向けて、共和党のマケイン候補とオバマ候補が熾烈な選挙戦を繰り広げているが、超大国アメリカの新しいリーダーの選出に世界が注目するのは当然だ。とりわけ、民主党の予備選で、初の女性大統領への期待を受けたヒラリー・クリントン候補を制したオバマ候補は、黒人初の大統領としてのみでなく、ニュータイプのリーダーとして注目を集めている。「変革」のメッセージを分かりやすい言葉で語る47歳の若いオバマ候補には、掲げる政策への評価はもちろん、混沌とした状況下で未来を託せるリーダーとしての期待が大きい。 一方、日本の政局でも今月2日に福田改造内閣が発足し、新たなリーダーが選出された。主要四紙で発表された改造後の支持率は、「微増もしくは横ばい」と「大幅な上昇」と結果が割れており、新鮮味がないと評されてもいるようだ。しかし、国民に人気の高い麻生太郎氏が、自民党の幹事長に起用されたことや各領域の実力者が閣僚に選出されたことで、国民はなんとか国家を担うリーダーに期待を持ちたいと思っているのではないか。衆参ねじれ国会下でこれ以上政治の停滞を生むことは、誰も望んでいないのである。 現在、世界では資源・環境・経済格差などあらゆる問題が起きている。問題山積で未来への不確実性や不安感が大きいほど、強力なリーダーシップが求められる。これは、政治に限ったことではなく企業の経営トップも同様である。特に既存の本業事業が成熟期にさしかかり、国内のみならず世界市場でも飽和感のある企業では、リーダーの手腕が問われる。既存のコア事業で勝つのか、新領域・新市場に打って出るのか。明確な方向性を示し、企業のかじ取りを任せられるリーダーを、社員も株主も求めている。と同時に、そうしたリーダーを自社から生み出すための次世代リーダー育成を行う企業も多い。 これまでも人材育成に熱心な日本企業は、企業内の人材DBを構築し、配置転換と研修等の育成施策、OJT、本人の自己研鑽サポートの組み合わせで次世代リーダーの育成に取り組んできている。人材育成というとすなわち研修をイメージされる方も多いだろう。実際、その内容は戦略・財務・人的管理などの経営知識の習得、戦略立案スキルやコミュニケーションスキルの向上、リーダーに必要な人間力向上のための内観の機会を提供し、セルフコントロールの習慣化を促すものまで多岐にわたる。もちろん研修機会は中長期的な視点での人材育成効果が期待される。しかし、企業内での一時的な研修機会での学習が、実践の場で役に立つのか、本当に次世代のリーダーを生み出す施策となるかについては評価が分かれるようだ。 また、昨年十月に文部科学省と経済産業省の共同プロジェクトとして発足した「産学人材パートナーシップ」では、大学教育と企業ニーズ間のミスマッチを解消するための方策が検討されてきた。七月に発表された中間とりまとめでも、経済社会変動の著しい中でどのレベルの経営管理人材にもビジョンや新しい実務能力に基づいたリーダーシップが求められ、とりわけ次世代リーダーの育成に関しては急務の課題とされている。この報告では、企業内での人材育成の限界を指摘し、経営系大学院を新たな企業のリーダー育成の主要機関と位置付けている。しかし、日本では、経営大学院が企業内のキャリアにおいて確固たる地位を獲得しているとはいいきれない。受け入れ側の経営大学院も、アメリカほど企業と大学の人材の行き来が活発なわけではなく、実務経験の豊富な教員の確保は課題の一つといえる。 ここで海外に目をやると、ハーバード、インシアード等の経営大学院でも、企業における次世代リーダーの育成強化が図られている。従来までの経営管理知識・スキルに留まらず、心理学を基礎としたコーチングなどの講義も行われている。また、リーダーに求められる要素は、分析力、判断力、ビジョンや戦略の構想力やコミュニケーション力など様々に語られるが、大学院ではリーダーに必要な資質は、講義で教授から伝授することは難しいという前提でコース・カリキュラムが構成されている。つまり、単なる知識やスキルモジュールの習得では、今企業で求められる次の世代のリーダーは育たない。より実践的なケースワークやマネジメントの疑似経験を通して、経営環境の変化が激しい環境に対応できる物の見方や考え方を体得する機会を提供しようとしている。 これらの経営大学院などの取組みは、現在はもちろん今後より有効な教育を提供し、次世代リーダーを生み出す一助となるだろう。だが一方で、最近の米国大企業ではインドやアイルランドなど外国人出身者を経営層として起用する動きがある。その登用の背景は、多様な国での生活・ビジネス経験や、経営学に留まらないアカデミックなバックグラウンドに基づく広い視野や判断力を求めてのことである。従来の教育システムや国内経済の周辺外部にあったものの知見を、米国企業のビジネスの中に持ち込むことで、現状を打破したいという意図がある。確かに、人間はあらゆる事象の認識や判断に無意識的に自ら育ち生きてきた世界の前提条件を持ち込んでしまい、それを修正・変更することは容易ではない。これまでの前提条件が通用しない世界において、スピーディーに新しい価値観に基づいた行動をするよう変革したいのであれば、外部から異文化を取り込むことはある種合理的な選択と言えるだろう。 さて、ここで海外の経営大学院や米国企業の人材起用の動きを踏まえて、もう一度日本企業における次世代リーダーの育成の在り方について考えてみたい。これまでの日本企業の次世代リーダー育成システムの中でも、「新しいものの見方や考え方」を身につけるための工夫はなされている。たとえば、配置転換によりこれまでの職務経験とは別の経験が積める部署への移動や関連会社への出向、海外駐在派遣などがあげられる。但し、こと教育となると日本の場合は、あながち知識やスキルをインプットすることへの偏重が見られるようだ。もちろん、新しい知識やスキルは習得するに越したことはないが、それらがインストールされるOSがバージョンアップしなければ、せっかく学んだことも宝の持ち腐れになってしまう。これまでの企業の人材育成施策では、個人の責任となっている認識力の向上に、手を打っていかなければ企業リーダーの需要に応える育成を行うことは難しいのではないだろうか。そのためには、配置転換でより多くの人に幅広い経験を積む機会の提供も継続すべきである。また、国家、企業、大学が連携して経営大学院において、これまでの学問的知見を統合した学習機会が提供され企業組織で還元しやすくするための仕組みを構築し、企業もその場を活用することも必要だ。しかし、これからのリーダーに求められる要素は「新しいものの見方、考え方」なのであり、異文化経験ではない。だとすれば、企業は育成の仕組みのみならず業務の現場でも人との対話の場を作り、自分のものの見方の癖や考えられている領域を知ることができる機会を増やすべきだろう。こうした日々の積み重ねで新しい見方を吸収するスタンスを個人や組織の中で醸成していくことが、次世代リーダー育成の道の一つだと考えられる。
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