2008.07.24
管理職に与えるべきは、本当に残業代なのか?
今年1月、マクドナルドの店長に対する残業支払を命じる判決(以下、「マクドナルド判決」)が出た。それを受け、次々と企業が「管理職」の定義を見直し、一部の企業では残業代を支払うよう制度に修正している。しかし、管理職の定義を明確化し、残業代を支払うということだけでは、管理職の現状とそれに起因する組織力低下という問題が形を変えて噴出するだけではないのか。今回はその点を考えてみたい。 マクドナルド判決の影響 マクドナルド判決は、それまでグレーであった店長(課長クラスに相当)については、①正社員を採用する権限がないこと、②会社の経営方針等の決定関与していないことから、経営者と一体的な立場にあるとはいい難いとして、店長は労働基準法の管理監督者には該当しないことを判例として示した。労働組合サイドにしてみると「画期的な判決」であり、一方の企業サイドにしてみると「寝た子がおきる、リスキーな判決」との評価が一般的である。労働関係に詳しい弁護士・社会保険労務士によっては、和解にせず判決を出したこと自体が誤りだった、といった発言も無きにしもあらず、である。しかし、私はこの判決を違った意味で評価している。なぜならば、この判決のポイントである「経営とどこまで一体化しているか」という視点で、管理職の定義に対し一石を投じたことは管理職の現状を見直すきっかけになると考えるためだ。 管理職への業務集中の現状とその背景 そもそも、なぜマクドナルドの店長は残業代の支払いを求め、提訴までしたのだろうか?推察の域を出ないが、店長への業務集中とそのために生じる長時間労働を放置し続ける会社への最後の訴えだったのだろう。事実、記者会見では「過労死する前に行動を起こした。」とのコメントがある。つまり、残業代未払いの問題はあくまでも表面的なものであり、根本には、管理職の過重労働の問題に対し、企業が何ら手を打っていないことに問題があるのではないのか。 管理職は、業務量が多く、忙しすぎる。多くの現職管理職が口にする。また、未払い賃金や過重労働の訴訟や行政指導が続いているところを見ると、このことは他社でも同様であろう。実際、日経BP社の調査によると、10年前と比べた管理職の仕事の負荷についての質問に、「増えている」「どちらかというと増えている」という回答が多く、両者を足し上げると、約81%にも上る。その原因としてあげられているのが、「担当業務分野が増えたこと」、「部下が減り、自らがプレイヤーとして動かなければなくなった」といったことだ(日経ビジネス 2008年7月7日号より)。このことからも、管理職の業務負荷が増していると考えることができる。 ①:従業員が処理しきれない現場業務の代行の発生 ②:管理職に求められるマネジメントの質的変化 ③:組織のフラット化とプレイヤーとしての成果創出の必要性 仮に管理職に業務負荷がかかっていることが正しかったとしても、業務を見直して整理・効率化するのは管理職の仕事ではないか?という意見はあろう。至極もっともであり、確かに本来的には、業務を見直す責任は現場の管理職にある点は紛れもない事実である。しかし、ここで考えてもらいたい。目の前に積み重なった業務を処理することに追われている人間が、果たして本当に業務を見直すことに取り組めるのか、ということである。業務負荷がかかっている管理職に、業務見直し・削減といった、そんな精神的・時間的余裕はあるのだろうか? 現状を打破するための取組み 組織力の低下を避けるためにも、会社は、管理職が現場でしっかりとマネジメントや人材育成を行えるような環境を整備する必要がある。 泰然自若
企業が、人件費削減と行政指導の回避を両立させるために、管理職に分類される社員を増加させてきたことは事実である。その結果、名ばかり管理職が量産された。部下はおらず権限は少ない。業務内容は変わらず、形ばかりの役職手当で、残業代も出ない。管理職とは一体何なのか…。このような現状に対し、「管理職」と「管理監督者」とを厳密に区別し、波紋を投じたのがマクドナルド判決なのだ。
この判決により、管理職と名がついても必ずしも管理監督者ではない、という定義がなされた結果、処遇に不満を持つ管理職から未払い残業代を支払え、という訴えをおこされるリスクが企業に生じた。ひとたび訴訟が起きると、企業イメージにもマイナスの影響が生じる可能性がある。また、社内の動揺も計り知れない。更に、厚生労働省から労働局長あてに、名ばかり管理職への監査徹底が通達され、行政指導のリスクも高まった。
この流れを受け、「管理職」の定義見直しを始めた企業は多く、一部の企業では、実際に残業代を支払う制度に変更している。
しかし、労働時間を管理し残業代を支払えば、それで本当にいいのだろうか?未払い残業代に関する管理職たちの訴えの根本には、管理職の現状に関する問題があるのではないか?
ではなぜ管理職の業務負荷が増しているのであろうか?その背景は次の通りである。
行政側の長時間労働を規制する考え方は、実は健康管理を主眼として始まったのだが、2001年ごろから、賃金不払残業の是正へと変わっている。賃金不払残業に対する行政の監視が厳しくなったことを受け、企業は従業員の残業をより厳密に管理・減少させざるを得なくなった。しかしこのとき、根本的に業務を見直して従業員の残業を減少させたわけではないため、リストラによってただでさえ人員が不足している中、積み残し業務が発生、その穴埋めを管理職がせざるを得なくなった。
従来求められていた役割(過去の経験に基づく労務管理とリーダーシップによる現場の業務の達成と、業務量の拡大)から、1990年代以降には「現状」の見直しとマーケットに合わせた方針転換が求められるように変化してきた。また、部下の管理方法もメンタルヘルスを中心とした部下の健康管理と、従業員の多様性が進む組織におけるトラブルの事前防止と多様性を前提とした組織の活性化へと拡大するなど、これまで経験したことのないマネジメント業務が増えた。
意思決定を迅速に行うため、組織がフラット化されたことにより、現場からの管理職に対する報告・相談・連絡が増加し、さらにプレイヤーとしての成果も求められるようになった。
乱暴な言い方をすると、これだけ業務が集中している管理職に対し、業務の見直し・削減を求めるのはナンセンスである。日々の業務に振り回されている人間に、更に求めても、百害あって一利なし、負担に押しつぶされる。業務が集中している現状を放置したまま、業務の効率化の徹底を求め続ければ、管理職は、組織マネジメントや人材育成といった、本来管理職がするべき業務である、部下や組織への関与度合いを低下させていく。その先に待っているのは、組織力の低下である。
現場の管理職に任せるのではなく、会社として、早急に管理職の業務集中の実態を組織として把握・分析し、問題の状況を是正し、管理職を活性化させる策を打つことである。どの程度の負荷が管理職にかかっているのか、なぜ負荷がかかるのか、実態を把握・分析する必要がある。メンバーのスキル不足、管理職自身のスキルの問題かもしれない。管理職に過度の負荷がかかるような構造が組織にあるのかもしれない。もしくは組織機能の持たせ方の問題かもしれない。いずれにしても、しっかりと事実情報を集め、多面的に状況を分析し、問題の本質に対する策を打つ必要がある。
重要なのは、現場のカギとなっている管理職が、真に力強く前進できるよう業務を見直し、組織力を高めるための取り組みを管理職が行えるような環境をつくりあげることだ。管理職の業務集中の問題に対処することは、管理職を甘やかすために行うのではない。彼らを活性化し、組織を強くするために行うのである。企業の成長を望むのであれば、管理職の業務の実態を把握・分析し、根本的な対策を打つことは不可欠なのである。