2008.07.15
あなたは「学習する個人」ですか?
高齢化社会が急速に進む現在、厚生年金の支給年齢が段階的に引き上げられている。男性は2025年度、女性は2030年度以降、支給開始が65歳となる。諸外国ではイギリスが68歳、アメリカ・ドイツが67歳と、既に年金の支給開始年齢を67歳以上に引き上げる事が予定されている。これらは我々がますます長きにわたって働かなければならない事を意味している。一方、多くの企業で経営者や管理職の若返りが進み、40代、50代の管理職や社員が組織成長の阻害要因として問題視されている。入社5年で中堅社員、30代後半から徐々に管理職となって活躍していくが、その後、約20年近い期間にわたって組織の阻害要因とならずに必要とされる個人であり続けるにはどうすればよいだろうか。 1990年代初めにピーター・センゲは「学習する組織(ラーニング・オーガニゼーション)」という概念を提唱した。その中では、各企業はイノベーションを常態とするための姿勢が問われている。これは個人でも同じである。社会や組織に付加価値を提供し続けるために「学習する個人」であり続けることが求められているといえる。自律的に変化を先取りし、価値を創造していく組織が求められるようになって久しい。生き残るには、時代の変化に抵抗するのではなく、進化するしかない。「学習する個人」であり続けるためには、今起きている事を過去の経験や知識に照合するだけでなく、新たな視点で見つめ、自分の中に「気づき」を創造していかなければならない。そのためには、2つの観点を意識することが必要だ。第一に自ら考えること、そして第二に他者との関係を通して学習することである。 第一の「自ら考える」とは、様々な事象や情報を客観的に捉え、過去の経験や知識にあてはめてしまわないことである。「自ら考える」の出発点は疑問を持つことだ。疑う力を失った瞬間に、人の発達は停滞し始める。 第二に考えなければならないことは、他者との関係を通して学習するということである。これを実施するためには、まず信頼しあえる人間関係を作らなければならない。お互いが相手を認め、それぞれの良いところから学び、高めあうことが必要である。 社会はこれまでにないスピードで変化を続けている。しかし、自身の周りで起こっている変化を自覚している程度はどれほどであろうか。変化に乗り遅れてから気付いたのでは間に合わない。若手社員であってもベテラン社員であっても、人は「学習する個人」であり続けなければならない。 モンブラン
例えば、マニュアル化された組織や成熟化した組織は内部に多くのスキーマを持っており、疑わせないシステムを作り上げているといえる。スキーマとは、認知心理学の言葉で、人が情報を認知するときに新たな経験としてではなく、既知の枠組みに照らし合わせてそれを解釈しようとする定型的な認知の仕方を意味している。その一例として、製造現場での品質管理活動がある。作業標準化の徹底を目的として、作業手順を叩き込み、言われたことを100%遂行する風土や人材を生み出す一方で、指示を仰ぐばかりで、自分で考えることができない人材を生み出す危険性がある。
疑わないということは、知的怠慢である。パターン化された認識や行動を繰り返すことは極めて安楽なことであり、多くの人は組織のスキーマに盲従し、その中で疑う事を忘れてしまいがちである。しかし経営環境は変化し、組織は変革を迫られる。こういった中で、組織は業務や仕組みの革新を強いられる。しかし一方、個人は自らが意識しない限り、組織運営のための一歯車として、言われたことを遂行するだけの位置に甘んじることとなる。組織が変わっても、その中にいる個人は変わる事ができずに取り残されてしまうという状況が生まれる。
人が無意識のうちに持つスキーマは全ての状況に対して活用可能なわけではない。確かに現実に起こっていることを特定のスキーマと照らし合わせて考えることは、実行の容易さ、エネルギーの節約などをもたらす。しかし、そもそもスキーマによって問題に対処するということは各問題の類似点に焦点を当てることを基礎としてのみ可能なことであり、類似していない部分は意図せずして認識の外へ排除されてしまいがちとなる。スキーマによって、人は何を重視し何を是認すべきかを個々の事実を捉える前に決めてしまっているのだ。スキーマに事実をあてはめるのではなく、スキーマや自分自身に対して疑う目を持ち続け、事実に応じて何を見て何を是認すべきかを決める事が重要である。
その一例としては、アメリカで発達したメンタリング関係が挙げられる。発達支援関係などと訳され、ベテラン社員と若手社員とが相互の成長を支援しあうのがその目的だ。若手社員はベテラン社員から豊富な経験に裏付けられた自分とは異なる視点や知識を得る事ができる。一方ベテラン社員は、経験やノウハウを伝えることで自身の過去を再定義すると同時に、若手の素朴な疑問や投げかけを通して新たな気づきを得る事ができる。またメンタリング関係以外にもピアと呼ばれる同僚との関係性なども重要である。ピア関係にはレベルピアと呼ばれる職位を同じくするピアと、エイジ・ピアという年齢は同じだが、組織内の職位が異なる人たちとの関係性などがある。信頼関係に裏付けられたピア関係はメンタリング関係に比べ、有効なフィードバック(指摘)を得られやすく、深い内省のきっかけを得ることができる。人はフィードバックを受け入れ、深い内省をすることを通じて、新しい気づきを得るのだ。
学習することや新しいことを実践することは若い人の特権物ではない。脳科学的な見地からいえば、神経細胞のネットワークは脳細胞が動く限り、学び続けることができると言われている。未知への遭遇が学習の継続を促進する。経験や知識が増えるに従って、この不確実性は減っていくように思われがちであり、個人としても年を重ねるに従って、学習することを放棄する傾向があるように見受けられる。そのため環境や状況が大きく変わっているにも関わらず、過去の経験にあてはめたり、限定的に捉えてしまいがちだ。常に気づきを持って、新たな視点で今起きている事を捉える行為は、未知への遭遇を見出していくことに他ならず、学び続けるうえで欠かせない要素である。現代社会では人間関係が希薄化し、年齢を超えた関係が疎遠化になっていることから、他者から気づきを得る機会は少なくなっている。人は組織の中で地位が高くなるにつれ、他者を上から見たり、評価的に捉えたりするようになる。さらに経験を積み重ねるにつれ、自分の考え方に固執したり、できないこと・わからないことを排除しようとする防衛本能が働くことは否めない。
他者との関係を通して学習するためには、自分自身の自己防衛心に気づき、それを是正したうえで、他者とオープンな関係を持つことが前提となる。他者のフィードバックを受け入れる際に、自己防衛心に大きな影響を与えるものの1つに、自己有能感と呼ばれる「自分が有能である」という感情がある。自分自身が有能であると感じられていない時に人は他者に対して攻撃的になるなど、他者の指摘に対して自分を守ろうとする意識が強く働く。自己有能感が今どのような状態にあるかを常に把握し、「自分が有能である」と感じられていない時に防衛行動を取らないように自分自身をコントロールしなければならない。他者の指摘を受けた時に受容できているか、またその時に自分がどのような感情抱いているかをよく見つめること。これらによって、他者のフィードバックを受容し、自分自身では気付きにくい固定観念に捉われることなく、あるがままの事実や自分自身に気づいていく事ができるだろう。
今日、あなたは他者との関係を通して何に「気づき」ましたか?。
そして、明日に向かって過去のスキーマを否定する勇気があなたにはありますか?