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2025.03.17

ほろ苦いホワイトデー

 先週3月14日(金)はホワイトデーでしたが、いかがお過ごしでしたでしょうか。 私も妻へプレゼントを渡しましたが、毎年通勤時の乗り換えで利用する渋谷駅で購入しており、駅ビルのスイーツコーナーは満員電車さながらに男性がひしめき合う光景を目の当たりにします。

 そんなホワイトデーは日本で生まれた文化とされており、主にバレンタインデーにチョコレートを贈られた男性が、女性に対して返礼を行う日として広く認知されています。また、友人や職場における「義理チョコ」も日本発祥の文化とされており、義理チョコに対する返礼も一般的となっています。

 起源は諸説ありますが、福岡の老舗菓子店や飴菓子工業協同組合が発足させた説が有力です。企業視点では利益確保の施策ですが、消費者としてはバレンタインのお礼をしたいという動機が起源だと推察されます。ただし、現在もホワイトデーが定着しているのは、果たしてそれだけでしょうか。もしかしたら、返礼をしなければいけないという「義務感(心理的圧力)」が、この文化を定着させている可能性も否定できないと考えます。その場合、ホワイトデーは感謝を伝えるイベントとして、健全なのでしょうか。

 

 日本人は、古来より相手に対する感謝の念を表明することを特に重視してきました。その文化的表象として、お中元やお歳暮、内祝いといった習慣が挙げられます。これらの習慣は、日頃の感謝や慶弔の意を、物品や金銭という有形物に託して相手に伝達することを目的としています。これは単なる贈答行為にとどまらず、社会的な繋がりや人間関係を維持・強化する役割も担っています。 また、日本人は「恩返し」という概念を重んじます。これは、受けた恩義を忘れず、機会があれば必ず報いようとする精神性を表しています。例えば、親から受けた恩を、自身が親となった際に子へと受け継ぐといったように、世代を超えた恩義の連鎖が想定されています。このような文化的な背景から、日本では「何かを受け取ったら感謝を示す」という精神が社会全体に浸透しています。故に、ホワイトデーに感謝を伝えるということも、日本人の「返礼」文化における自然な行為の流れと言えるでしょう。

 

 一方で、日本人は与えられた役割や責任を確実に果たそうとする義務感が、他の文化圏と比較して高い傾向にあります。これは、日本社会の秩序や調和を維持する上で重要な役割を果たしています。例えば、会社員は上司や取引先との円滑な関係を維持するために、義理チョコへの返礼を怠りません。これは、感謝の意だけでなく、「返礼をしなければどう思われるか」という懸念や、「返礼をするのが当然」という義務感が作用している可能性も考えられます。

 また、株式会社MDPが実施した「ホワイトデーの贈り物で嬉しいものに関する調査」によると、1位の市販のお菓子に次いで、デジタルクーポンが人気を集めていました。これは、男性側が手軽に購入でき、贈られる側が自由に使えるという「利便性」が評価された結果と考えられます。また、女性側としても約90%以上が、男性がデジタルクーポンを贈ることに肯定的な意見を持っており、「返礼」の意を伝達するだけでなく、「義務」を遂行する手段として容認していることを示唆しています。このことから、本来の起源として有力であった「返礼」に加え、「期待に応えなければという義務感(心理的圧力)」が複雑に絡み合い、現代のホワイトデーを形成しているのではないでしょうか。

 

 私も「義務感を全く感じたことがない」と言えば嘘になります。この義務感を無くすことができれば、今まで以上に感謝の気持ちを伝えやすくなるでしょう。そのためには、ホワイトデーを生み出したバレンタインデーへのアプローチも考えられるのではないでしょうか。

 バレンタインデーは、海外で「恋人の日」として知られ、夫婦や恋人同士で一緒に過ごしたり、食事や旅行へ出かけたりするのが一般的です。本来は「幸せな時間を共有し合う」ことがメインであり、お礼や返礼という概念は存在しません。また、ここに「女性から男性へ」という限定された概念もありません。

 一方で、日本では「女性から男性」に対して、恋愛対象への告白などを目的としてプレゼントを贈っています。そこから次第に解釈が変わり、恋愛とは関係なく、日頃からお世話になっている人に感謝の意を示し贈り物を送るようになっています。更に「義理」と称して、日頃の関係性を大して意識せず、職場の仲間などのくくりの中で贈り物を送るようにさえなっており、「返礼」や「義務」を基にした「お返し」というやりとりが必要になってしまっているのが実態です。

 

 このように、ホワイトデーが「感謝を伝える」のではなく「返礼」や「義理」が基であるならば、そもそもホワイトデーは無くても良いのではないでしょうか。ホワイトデーが発生した要因も、バレンタインが変質したことで生まれたイベントであるならば、バレンタインを元の「恋人の日」に戻し、女性から男性といった方向性もなくしても良いと考えます。 また、近年はLGBTQの時代であり、性別問わず誰もが自由に愛を表現できる社会です。このような時代に「女性から男性」というような性別起点の考え方も時代遅れではないでしょうか。本来の姿に戻すことで、新たな文化の形成につながるかもしれません。

 

 日本人は時代の流れに合わせて、海外の文化も取り入れながら、日本独自に変化させているものが多くあります。ただし、その影響で本質を見失い、本来の目的とは異なる形態になってしまうこともあります。バレンタインデー・ホワイトデーにおいても、世の中の夫婦や恋人たちが、今まで以上に幸せで甘い時間を過ごせるイベントに立ち返れることを願っています。

 

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