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2021.03.15

十年の轍、地平のその先

ニュースを見ている

東日本大震災の発災から十年の歳月が流れた

被災地を巡る旅は今も続いていて、ささやかな交流も続いている

地元の人たちにとっておそらくは、何の意味もない身勝手な来訪者だ

最初に訪ねた日、そこには11月の茫漠とした荒野があった

小雪の舞うバス停の前を、土を運ぶトラックがひっきりなしに行き来していた

大人たちは、冷たくなった足元を見て、物静かに怒っていた

残された時間の少ない老人たちは、遠い地平を見て、何かを探す目をしていた

ただ、傷跡の残る更地で小学生たちと鬼ごっこをしたことが、無邪気な悲鳴が、今も私を慰める

人の幸福感には物語が必要だ、そう誰かが言っていた

物語の背景には、その土地の風土があり、風土に寄り添う史乗があり、史乗に連なる人の繋がりがある

それらの記憶が物語を紡ぎ上げる

人の一代では紡ぎ上げようもない“よすが”を失ったまま、道ができ、橋ができ、防潮堤ができた

その一方で、流された干潟には、種を運ぶ鳥がもどり、悲しいほど美しい草木の営みがもどっていた

海には、豊穣のきらめきがもどっていた

なにもできなかったし、これからもなにもできないであろう自分には、

物語の“よすが”を紡ぎなおす気の遠くなるような時の流れを、ただ見つめることしかできない

 

ふと思う、私たちは何を学んだのか

人間とは、なんだ

 

ニュースは続く

どこかの国で、自由を求める民衆がシュプレヒコールをあげていて、既視感がある

その声に、兵士たちの銃口が向けられていて、既視感が募る

バリケードが張り巡らされた通りで、暴力をやめてほしいと懇願していた

修道女は、兵士のためにも祈りを捧げていた

兵士は跪き、修道女とともに祈りを捧げていた

兵士の肩には、銃口がかけられてある

ふたりの頬に一筋の涙が見えた

その涙は、どこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか

 

ニュースは流れる

肌の色も目の色も違うキャスターたちのニュースを読む声が流れ続ける

 

どこかの国で女の人が泣いていた

祖父の死に目に会えなかったと泣き崩れていた

伝統の葬儀もできなかったらしい

 

どこかの国の女の人が疲れ切った目で話していた

ちょっとした買い物にも許可証がいると溜息をついていた

ドローンが無断で外出した人たちに警告を発していた

 

どこかの国で、感染経路を追跡できるアプリが全ての国民に配給されていた

街をゆく人たちは、首を横に振りながら緊急事態だからと受け入れていた

ふとスマートフォンに触れる

どこかで誰かが、私の今ここにいることを知っている、今何をしているのかを知っている

いつの間にか当たり前のことになっている

慣れてしまっていいのだろうか

 

どこかの店先で、初老の男が眉をひそめて話していた

通りで誰かと目が合うと殺人鬼でも見たような顔をされるのだと、溜息をついていた

どこかのアパートの一室で、女の人がインタビューに答えていた

チェルノブイリの記憶がよぎると話していた

街中に目に見えないものへの恐怖が漂っていると怯えていた

どこかの街角で、老婆がインタビューに答えていた

戦時下のことが思い出され、胸が絞めつけられると話していた

 

どこかの通りでショーウィンドウが粉々に割られていた

数日前に報じられていたデモは、いつのまにか暴動に変っていた

若い男が警察官に殴られている、叫んでいる男の顔はまだ幼い

 

どこかの街角で男たちがカメラに向かって訴えていた

マスクをつけない自由を奪うなと怒りをぶつけていた

見開いた目が充血していた

けれど、取るに足らない自由としか思えない

もっと守るべき自由があるように思えてならない

 

どこかの街角で女たちがカメラに向かって訴えていた

不当な差別を受けていると、怯えた目に涙を滲ませていた

けれど、差別をしているといわれている側も、何かに怯えているように思えてならない

 

どこかの国が、どこかの国に、大量のマスクを贈っていた

贈られた国には、感謝の言葉を伝える人たちがいて、

パンデミックを政治利用していると批判する人たちもいた

 

どこかの国の為政者が、どこかの国を非難している

非難された国の報道官は、非難は内政干渉だと険しい表情で訴えている

人は人に、どこまで干渉できるのだろうか

 

100年前、日本ではスペイン風邪が猛威を振るっていた

第一次世界大戦はスペイン風邪の世界的な流行の要因となり、収束させる一因ともなった

そして第二次世界大戦の原因もつくる

 

どこかの研究室で新薬の臨床試験が始まった

人間はますます死ななくなるらしい

どこかの政府がグリーンリカバリーに巨額の投資をするという

壊したものを直す投資は天井も見えない

 

どこかで森が燃えていた

ひと月以上も燃え続け、焼け出された動物たちが痛々しい

宿るところを失った微生物は、これからどこにゆくのだろうか

炎は国境を越えようとしていた

 

どこかの町が洪水に流されていた

家も車も濁流に飲まれ、畑も家畜も泥の下で、街路樹や倒れかかった電柱がかろうじて頭を出していた

町をつくるために削られた山は、元に戻りたいのだろうか

 

ネットで拡散した噂話がスーパーマーケットの棚を空にしていた

不安に苛まれている人々がいて、パニックに陥っている人々がいた

怒っている人々がいて、冷笑する人々がいた

 

どこかの国のどこかの町で、帰省した人たちが迫害されていた

コメンテーターは、ウイルスよりもそんなことをする人間の方が怖いと話していた

世界中の誰もが被害者なのに、なぜひとつになれないのかと首を横に振っていた

でも今は、あのときよりも、世界はもう少し助け合おうとしているような気がする

 

そんな画面の上をテロップが静かに流れていた

テロップは昨日より感染者が増えたと報せていた

失われた命の数を報せていた

 

テロップの下に映るどこかの国のスタジオで、為政者と専門家が話していた

スタジオには視聴者を映すたくさんのモニターが並べてあった

為政者は、誤った情報に惑わされるなと訴えていた

でも今は、あのときよりも、人々はもう少し学習しているような気がする、そう思いたい

 

専門家は秋からの第三波が心配されると眉をひそめていた

確かに第三波はあったが、対処方法は分かっていたし、それは今も変わらない

モニターに映る視聴者たちは怯えた目をし、じっと耳を傾けている

異なる見解を主張する専門家たちもいて、戸惑う

何が本当なのか、全部が本当なのか、それとも全部が嘘なのか

にもまして、色々な国の色々な出来事がどこかで繋がっていることの不思議に、戸惑う。

 

どこかの街のベランダで女の人が歌っていた

医療従事者たちに感謝を伝え励ますために歌っていた

心を震わすあの歌声は届いていただろうか

どこかの国のアパートの前で男の人が踊っていた

それを見たアパートの住人たちも、ベランダに出て踊り出した

どこかの国の教員たちが車でパレードをしていた

外出もままならない生徒たちの家々をまわって励ましていた

そんなニュースを見ても、人々はもう驚きもせず、騒ぎもしない

どこかの国の特別だった出来事が、今は色々な国の普通になっている、そう思いたい

 

今日もニュースは流れ続ける

 

方丈の庵

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