2021.02.05
未来から現在を見る難しさ
“スーツに見えますが作業着です!”
『このコピーを見てどこの会社かピンと来る?』と知人に尋ねられた。恥ずかしながら皆目見当がつかなかった。どこの会社か聞いてみると、「オアシススタイルウエア」という企業が立ち上げたアパレルブランド「WORK WEAR SUIT(以下WWS)」で、なんと母体は水道会社であるという。何故水道会社が?と不思議に思い、HPを見てみると、こんな開発ストーリーが記されていた。
ひとりのWHYから始まった、水道工事会社の挑戦
作業着は作業着らしく。スーツはスーツらしく。それが今までの常識でした。働き方改革の時代に働く服にだって改革が必要じゃないのか?そんな疑問が開発の原点でした。作業もできて、接客もできて、オンでもオフでも活躍する。そんな服があったらどんなに便利だろうか。常識をぶち壊した新たなカテゴリーの服をつくろう。水道工事会社である僕らの挑戦が始まりました。
汚れに強く、撥水・速乾・ストレッチ、シワになりにくく、毎日洗える耐久性。それでいて、やわらかくて肌触りがよく、ついつい毎日着たくなるような気持ちよさ。そんなタフさと、なめらかさを究極のバランスで両立する。そんな理想的な生地は世界中探してもありませんでした。なければつくるしかない。最新技術を駆使し、長年の試行錯誤の末、独自の新素材を開発しました。
ガジェットのような遊びゴコロ、豊富なバリエーション
形は誰でも使いやすいベーシックなシルエットをベースに、大小さまざまなジッパーポケットを備えます。飽きのこない定番のスタンダードモデルから、カモフラージュ柄やアクセントカラー、袖の色を変えたバイカラー等の大人の遊びゴコロをプラスしたデザイナーズモデルまで、豊富なバリエーションを備えます。
誰でも3秒で着こなせ、さまざまなシーンで大活躍
従来のスーツと違って、難しい着こなしは不要。インナーはYシャツやTシャツ、時にはパーカーに。靴は革靴、スニーカーにも自由に合わせられます。ササッと着るだけで、誰でも簡単に着こなせて、スタイルは無限大。現場作業でも、営業や商談といったビジネスシーン、休日のカジュアルウェアとしても大活躍。
(『WWSワークウェアスーツ・ホームページ「開発ストーリー」より転載』)
動画を見る限りおしゃれなジャケット&パンツ・スタイルにしか見えないが、これが作業着というのがWWSの主張だ。機能的でイケてる。働き方が変わった現在、ワードローブの1つに加えたくなると素直に思えた。作業着を着て仕事をしてきた方々の潜在ニーズは実は大きかった。具体的には、コピー機のメンテナンス、マンション管理人、オフィスビル管理者などに広がりを見せているという。
言われてみれば、私たちは作業着について固定観念に縛られすぎていた。機能性の高いWWSのような素材で作られているのであれば、スーツスタイルの方が反ってありがたい。デジタル社会の働き手は皆、ニューノーマルな服装であって然りだ。WWSが同ブランドを立ち上げることのきっかけは、水道会社として若い社員の確保を狙うにあたり、「おしゃれで働きやすい作業着を考えよう」ということだった。作業着を格好よくしたいというのはこれからの働き方の顧客ニーズであったとも捉えられる。この考えは奇しくも時代にマッチし、新たな市場を切り開くに至った。同市場は、今後競争が激化することが見込まれる。ユニクロ、MUJI、スポーツ関連メーカーがより機能性とバリエーションを効かせた商品を送り込んでくるはずだ。競合他社が本格的に参入してくれば、仕事着への考え方も大きく変わる。スーツにネクタイというビジネス・ウエアの定番は、ジャケット&パンツにとってかわり、ジャケットの下にTシャツでも許容されるだろう。
主力事業を進化できないジレンマ
WWSが引き起こした作業着のイノベーションだが、既存のスーツの製造販売を主力事業とした青山商事やコナカからはそれは生まれなかった。環境変化を読み解く力を持っていながらスーツの概念を変え、市場を拡張する事はできなかった。
『両利きの経営(チャールズ・A・オライリー/マイケル・L・タッシュマン 共著)』にも同様の事例が記されている。ネットフリックスとブロックバスターの例がそれだ。ネットフリックスは2015年時点で、会員数6000万人、年間売上高60億ドル以上の世界最大のオンラインDVDレンタルサービスと動画配信の会社となっていた。一方、2002年時点でブロックバスターの売上高は55億ドル、顧客数4000万人、店舗は6000店あったが2010年に破産申請することになった。何故ネットフリックスは成長し、ブロックバスターは消滅したのか?それは経営環境変化の捉え方にあった。ブロックバスターは、好立地への出店戦略を軸にビデオレンタルという現業拡大戦略をとったのに対して、ネットフリックスは、オンライン映画配信サービスの拡大戦略を行った。ネットフリックスも当初はDVD郵送レンタルサービスを手掛けていたが、将来の顧客のニーズはブロードバンドサービス提供にあると確信し、当初から事業コンセプトに置いた。新事業を成功させるために、既存事業との重複を受け入れたことが画期的選択であり、これが成功要因である。従って、既存企業の中核次長を革新させるためには、あえて同じ企業内でカニバリゼーションを受け入れる事が要求される。これが両利きの経営の極意ともいえる。とはいえ、この極意をマスターするとなると、言うは易し行うは難しだ。同様の事は過去にSONYでもあった。音楽のサブスクリプション・モデルを提供する技術を持っていたが、規制概念とグループ会社に音楽コンテンツ事業を持っていたことがイノベーションを阻んだ。その結果、アップルに同市場を奪われ、今となってはサブスクリプションが音楽サービスの主流である。
今でこそSONYは新たなサービス事業を次々と世に送り出し始め業績も好調に転じている。モノづくりのSONYが新しいサービス事業を出すまでに実に長い年月を費やしてきた。それを省みただけでも既存事業とカニバリゼーションを起こすようなアイデアを同じ企業内で生み出すコトの難しさを推し量れる。
未来の顧客ニーズから逆算した顧客価値づくりが鍵
それはトヨタやホンダが全ての自動車のエンジンを電気自動車に本格的にシフトすることや、パナソニックや日立が高価格家電の全てをサブスクリプション型サービスに変える事だ。所有から利用へと言われて久しい。顧客はいらぬ負債は抱えたくないし、地球環境に負荷をかける消費はしたくない。10年後はこれが主流の顧客ニーズだと言われて、反論する方が難しい。そう考えるとトヨタの電気自動車シフトや、高価格家電のサブスクリプションは現実味がある。日本を支える大手メーカーは、既存事業を営む一方で進化させる取組みを決してあきらめてはならない。
勇気づけられるコメントを目にした。最近トップ交代で話題になっているジェフ・ベソスはこんなことを言っていた。「我々は長期間にわたって誤解されることを厭わない。何故なら、アマゾンの新規事業の多くは花開くまで5~7年かかる事を問題としていないためである。」証券アナリストからすると、その意図がわからないため酷評されることもあり、株価にマイナスの影響が出る事もよくある。しかし、ジェフ・ベソスは、未来の顧客ニーズから逆算した顧客価値に勝算を見出しているからこそ言えることでもある。
日本の歴史ある企業には、未来から現在を見たイノベーションの実現と成功を手にしてほしい。
イノベる