2008.04.14
人事部は社員を天竺まで導く地図を描け!
東京ではお花見シーズンも終わり、多くの企業は新入社員を迎え、本格的に新しい期に突入した頃だろう。お昼休みには連れ立って食事に出かける新入社員らしき集団を多く見かける。まだまだ研修やオリエンテーションばかりで仕事らしい仕事はしていないだろうが、彼・彼女らにとって素晴らしい社会人ライフが待っていると願いたい。 企業にとって、この新卒社員の早期退職によるマイナスの影響は無視できない規模にまでなってきていると感じる。新卒社員を採用するためにかかる費用は、採用広告費や会社案内製作費、筆記試験料などを合わせると数百万円以上、大量採用を行う企業では一億円を超えていると言われている。内定者一人あたりに換算すると平均で100万円を超え、150万円に迫る勢いだそうだ。また新卒社員が企業に利益(売上ではない)をもたらすまでにかかる期間は、企業によって若干の差はあるが、少なくとも1年はかかるだろう。その間にも企業は新卒社員に給与(+保険料など)を支払っているのだ。仮に3年で新卒社員が退職してしまった場合に、一般的な企業が負担する費用を試算すると、おおよそ次のようになる。 新入社員の早期退職に頭を抱える企業がある一方で、過去には社員の抱え過ぎに頭を痛める企業も数多く存在していた。職務と報酬がミスマッチしている社員ばかりを数多く抱えてしまっている、という悩みを抱える企業がそれに該当するだろう。このミスマッチの正体は、報酬に紐づく等級・ランクと実際の職務のアンマッチであり、つまりは遂行している職務に対して過剰な報酬を支払ってしまっていることである。このような企業は、原因を社内のポスト不足とし、打ち手としてポストを増幅させるための子会社を設立して人員を転籍させたり、場合によっては職務と報酬がマッチしていない社員を対象に再就職支援を促したりしている。これらは本質的な解決にならないことも多く、さらには子会社の設立費用や、再就職を支援するアウトプレースメント会社に支払う費用を考えると、この対応に要する費用もばかにならなかっただろう。 これらはともに人に起因する問題であるが、企業はどのように向かい合うべきなのだろうか。 今こそ企業は、自社の人事ポリシーを明確にし、社員に提示しなければならないのではないか。そうすることで、企業にとっては自社の人事ポリシーに共鳴できる人材が集い(採用の成功)、社員は基準に沿って配置され自身の職務を遂行(報酬と職務の適切なマッチング)できる。社員にとっても、軸のある人事異動により適切なキャリアを実現できるし、逆に採用選考中や就労中でも自身の考えと会社の人事ポリシーが合わないと感じるのならば、別の方向性を模索することもできるようになる。人事ポリシーを明示することは、企業だけでなく、社員にとっても価値があると言える。 会社の目指すべき方向(ビジョン)にたどり着くためには、適切な人材と、人材に対する企業の考え・想い(人事ポリシー)があって初めて実現することだと実感している。人事部の役割は、経営が決めた目的地(天竺)まで会社を導くために、社員に対してのポリシー(天竺までの地図)を描き、示すことではないだろうか。そのポリシーに共鳴する人材で構成された企業であれば、困難な道のりも何とかして超えられるはずである。ポリシーがあるからこそ、それに納得できない場合は会社を離れる社員がいてもよい。目指すべき方向性が微修正されるならばポリシーも変わり、企業は新たに必要な人材の獲得を企図し、社員は異なる会社・ビジョンを求めることがあってしかるべきだろう。このような会社には、会社にぶら下がるだけの社員の居場所はない。また、個人が入社前にその企業のビジョンや人事ポリシーを理解できれば3年での退職という事態はかなり減らせるはずで、企業は採用活動の場で自社のビジョンや人事ポリシーを伝える努力を惜しんではならない。 ホームタウン
しかしながら内閣府発表の統計によると、2002年以降、新入社員の約35%が入社3年未満に退職してしまっているとのこと。希望に満ちた新入社員の1/3が、何らかの理由によって自らが選んだ会社と早々と離れてしまっているのだ。
もちろんその理由は単純なものではない。本人の安易な企業選択とも考えられるし、人材像が曖昧なままで採用を進めてしまうといった、企業側の準備不足や稚拙な対応が原因とも考えられる。とはいえ本人と企業との間の情報格差は大きく、ビジネスの現場を理解しきれていない学生に早期退職の責を負わすのは酷であり、企業側がその責を負うのが通常であろう。企業側がどんなに熱心且つ丁寧に採用活動を行なっても本人の安易な選択を防ぐことはできないかもしれないが、人材像が明確でそのような学生を適切に見抜ける仕掛けを設けている企業側の丁寧かつ理に適った対応があれば、かなりの数の早期退職を減らすことができるのではないだろうか。この早期退職のデメリットは大きく、本人にとっては自身のキャリアを再設計しなければならないし、早期の退職は経歴上ネガティブな印象が付きまとう。一方で会社にとっても、要した採用・育成経費がすべて無駄になってしまう。いずれにせよ、本人・会社双方にとってマイナスなことには変わりはない。
◆3年間概算総計:1,500万円(※採用・給与関連費用のみを考慮したもの)
※概算内訳:100万円(採用関連費)+50万円(初年度研修費)+400万円(初年度給与など)+450万円(2年目給与など)+500万円(3年目給与など)
つまり、辞めてしまう社員が在籍している3年間に、当人が1,500万円以上の利益をもたらなければ、企業にとってはその社員を雇用したこと自体が損失になってしまうのである。この他にも、OJT中に指導した先輩社員の人件費などを考慮すると、この早期退職問題がいかに企業にとっての損失かがお分かりいただけるのではないだろうか。また、辞めてしまう社員が1,500万円以上の利益をもたらしているのならば、その優秀な社員を失ってしまうという別の損失にもなる。
他にも、新人が辞めてしまうことによって受ける、同期や同僚の受ける心理的影響も多大なものがあるだろう。このような定量化できないネガティブな影響も計り知れない。
まずはこれらの問題の要因から考えてみる。社員の早期退職や、職務と給与のアンマッチの問題は、まったく関連が無いどころか対極にも思える。一方は「如何にして人材を獲得し定着させるか」という問題で、もう一方「如何にして余剰人員を抱える企業をスリムアップさせるか」という問題になる。ただし、このような問題が発生してしまった要因を企業側の視点でよくよく探っていくと、ともに企業における人事基準の曖昧さが原因になっていると感じる。これを一言で表すならば「人事ポリシーの不在」となる。
ここでの人事ポリシーとは、企業の採用・評価・育成・配置・処遇・退職といった、人事機能・施策全般の根幹となる規範・考えのことである。人事ポリシーがあってはじめて、採用ポリシー・評価ポリシーといった個別のポリシーを策定することができる。一人ひとりの社員は、人事ポリシーや個別の各ポリシーにそって採用され、評価・育成され、配置換えや昇格して退職まで到達することが望ましい。そうすることによって、社員はその会社の中で一貫した思想に基づいたキャリアを形成することができる。
例えば採用であれば、採用プロセスがすべて人事ポリシー・採用ポリシーのもとに設計され、運営されている必要がある。一般的な採用プロセス(企業が人材を採用したいと計画を立てるところから入社に至るまでのプロセス)は、①要員計画→②人材基準設定→③選考方法設定→④選考希望者の募集→⑤実際の選考→⑥内定→⑦入社、と考えられる。採用ポリシーが無い、あるいは社内で共有されていないと、このプロセスに一貫性がなかったり(人材基準に合致しない人材でも人が足りないので採用してしまった等)、あるいは各プロセスで適切な対応がとれなかったり(選考が適切に行われずに、基準に達しない見込み違いの人材ばかりを採用してしまった等)、といった問題を引き起こしてしまう。新卒社員の早期退職の問題などは、まさに採用ポリシーの不在が引き起こす諸々のミスが原因で発生していると想定される。
一方で職務と給与のアンマッチの問題は、採用や評価、処遇の各ポリシーの連携が適切にとられていないことが原因になっていると考えられる。一社員が採用されてから退職するまでの数十年間、どのようなキャリアを経るかはこのポリシーに依る。このポリシーが適切でないが故に、会社の対応はちぐはぐで継ぎ目ばかりになり、結果として報酬と職務がマッチしない社員が大量生産されてしまうことになる。
天竺までの道のりは遠く、道中には多くの苦難が待ち受けているだろう。自らの意志や想いに反して脱落する社員も出てくるかもしれない。それは会社・社員にとっては不幸でしかない。そのようなことを防ぐ「天竺までの地図」を描くためには、人事部には経営を補佐し、自社の事業モデルや社員の多様な価値観を徹底的に理解する努力が求められる。ただの事務的な業務遂行だけや人事権を振りかざすような人事部は、もう求められていない。