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2020.07.07

水素社会の商用化の課題

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響は、経済や社会情勢に大きな影響を及ぼしている。その影響は、経済情勢を如実に反映する温室効果ガスにも表れており、経済の大部分がストップしたことで温暖化ガスの排出量は大幅に減少した。国際エネルギー機関(IEA)によると4月第1週の全世界の1日当たり排出量は昨年と比較して17%少なく、2020年の世界の産業由来の温暖化ガス排出量が19年と比べ、年間の下げ幅が戦後最大の約8%になると予想している。

 パリ協定の目標達成には90%超の温暖化ガス削減が必要ということを考えると、この下げ幅は気候危機についての重要な真実を物語る。必要な下げ幅は航空機や鉄道、自動車を放棄するだけでは到底解決できないほど大きいということだ。今回のパンデミックは今後取り組まなければならない問題の大きさを突きつけていると言えるのではないか。

 世界的な脱炭素の流れが進む中、最近水素エネルギーに関する話題をよく目にする。水素エネルギーは燃やしてもCO2が発生しないだけでなく、水を電気分解することで製造でき、かつ電気では難しい大量貯蔵可能な点が評価されている。マッキンゼーは2050年までに世界の全エネルギー需要のうち約20%を水素エネルギーが供給でき、これにより現状より二酸化炭素排出量を年間6Gt削減できると報告している(※2)。これは2016年の米国の排出量合計5.5Gtを上回り、パリ協定達成のために必要な削減量のうち20%に相当する。風力発電や太陽光発電の普及で再生可能エネルギーの普及が高まり、その余剰電力で水を電気分解する方法は脱炭素の切り札として期待されている。日本においても政府は水素エネルギーの政策支援に積極的であり、2020年度の水素関連予算は初めて700億円(前年比16%増)に達した。3月7日に福島県浪江町で開所した世界最大級の水素製造拠点など、燃料電池車の購入補助や水素ステーションの整備補助、水素サプライチェーン構築の実証事業や研究開発など支援メニューは多岐にわたる。海外でも次々にプロジェクトが走り出しており、7月2日にはドイツのエネルギー相はアフターコロナの経済復興として今後注力する新技術の例として、特に水素技術を挙げ、再生可能資源を基にした水素エネルギーの安定かつ持続可能な供給を加速させると公表している(※1)。日本はこれまで官民一体となって水素エネルギー分野で世界をリードしてきたがこれから先も水素社会の実現に向けリードしていけるのだろうか。

 今後日本が水素を用いた商用化でトップリーダーであり続けるための課題は多いように見える。1つは水素の調達コストの問題がある。水素の主な製造方法は再生可能エネルギーの余剰電力などをつかった水の電気分解か、化石燃料から水素とCO2を発生させるものがある。いずれの方法も化石燃料や再生可能エネルギーが必要になるため日本は水素の輸入が必要不可欠であり大量の水素輸送の技術確立が必要になりコストも増える。一方で欧米では再生可能エネルギーの普及が進み、余剰電力があることや域内に敷設されたパイプラインを使った化石燃料の輸送が容易なことから調達しやすい環境が整っている。2つ目は、商用化までにかかる時間である。日本では水素の輸入が必要なため製造、輸送、利用のサプライチェーンの構築を前提しており、水素を原料とする水素発電は2030年に商用化の目標としている。一方、アメリカやオランダでは25年には商用運転を開始する予定となっている。実証段階では1歩先を行っていた日本だが商用段階で逆転される可能性が出てきている。商用化で海外に先を越されると水素活用に必要なルール作りの主導権を奪われてしまう。水素社会の実現には水素の受け入れ基地の安全基準などルール作りが必要な部分は多く、海外勢に主導権を握られかねない。

 日本が水素社会の実現を引き続きリードするには水素の普及を後押しするための更なる公的支援が必要だろう。世界は急速に、環境政策として水素をとらえ始めている。CO2フリー水素の利用はCO2削減手段の一部であり、カーボンプライシングの議論や排出量取引市場と連携して導入が進められつつある。すでに民間努力でコストダウンをするレベルを超えている。今後欧州企業は、CO2削減の議論と補助金、カーボンプライシングなどの政策を踏み台に、世界に強力に打って出てくると予想される。これに対抗できるのはトヨタなどのごく一部の企業であり、他の多くの日本企業はコスト競争力で劣位に置かれることになる。水素を取り巻く世界のパラダイムが変わってしまった以上、日本企業が水素で負けないためにも、強い政策支援が必要である。そのためには水素が日本の脱炭素化に貢献することを明確にし、オールジャパンでこれを支援していかなければならない。水素コストを下げるには、水素需要の大幅な拡大が必須であり、そのためには政府の強力なサポートで関連業界に大規模な設備投資を促すことが必要である。燃料電池関連の民生品や産業設備だけではスケールが小さいため、水素発電所も欠かせない。今後水素社会実現に向けては、電力業界の積極姿勢や、それを促す政府の本気度が問われるうであろう。

 エウロパ

 

※1EU議長国ドイツ、水素技術など気候変動対策の推進を強調

https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/07/dd24de768f2acb6b.html

 

※2マッキンゼー社 Hydrogen scaling up

https://hydrogencouncil.com/wp-content/uploads/2017/11/Hydrogen-scaling-up-Hydrogen-Council.pdf

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