2008.01.21
消費者市場をつかむ小売店の歩き方
最近、有楽町界隈に小売店が増えたこともあり、売場を見て歩く機会が増えた。やはり、売り場を見て歩くのは面白い。特に最近の電気量販店の売り場を見ていると、数年前までの売り場とは全く違ってきたことに気づかされる。
先ず、品ぞろえが変わった。明らかに電気製品だけではない。欧州高級ブランド商品やゴルフ用品などは大きな売り場面積を占有しており、小売り側としては坪効率の向上に加え、高額商品のポイント還元による顧客の囲い込みの両方を狙っている様子が窺える。
次に、販売員の顧客対応能力が飛躍的に高まってきた。以前は、メーカーからの販売支援要員は例外なく受け入れてきた小売店だが、今はその販売支援要員がお客さまの対応にまごつくようであれば、店頭に立つ事すら許されない。
さて、このようにサービスレベルがすっかり高くなってきた電気量販店を、つい最近も歩いてきた。その中で、目にとまった幾つかの商品がある。その一つ目は、電気炊飯ジャー。最近はご飯をおいしく炊くためのハイスペック商品が並んでいる、中には10万円近いものもある。私たち日本人にとって、おいしいお米は最高の御馳走だが、従来は直火炊きに勝る炊き方はないとまで言われていた。どうやら電気製品がその定説を覆しはじめている。しかし、本当にそれだけで消費者の購買意欲に火がついたのだろうか?どうも納得がいかない。
そんな事を考えながら、すぐとなりの売り場にはエスプレッソマシーンが並んでいた。あいかわらずデザインはユニークだが、以前百貨店で見たそれとは少し違うように思える。おそらく、電気量販店モデルなのだろう、価格も幾分安いようだ。そういえば、欧州のカフェ文化を日本に普及したのは、皮肉にも米国のスターバックスコーヒーの日本進出にあったと思っている。日本人の多くは、エスプレッソ、カフェラテ、カフェカプチーノなどの欧州カフェスタイルをスターバックスに教えてもらった。生活の中でスターバックスのある暮らしがごく普通になったことが、家庭用エスプレッソマシーンの普及に拍車がかかったのではないだろうか。私たちは、オフィス街でスターバックスの香りとエスプレッソマシーンの音に、条件反射的に束の間の癒しを覚えているのかもしれない。日経新聞の記事によると、働く女性を中心に高額のエスプレッソマシーンが売れているそうだ。家庭用エスプレッソマシーンは、彼女たちの朝食の時間をリッチにしたり、週末の午後にゆとりある時間を演出しているのかもしれない。などと思いつつ、次なる売り場へ移動すると、女性が美顔器の前でしきりに蒸気を顔にあてている姿が目に付いた。美顔と言えば、エステティックサロンだが、まさに自宅でできるエステティックサロンだ。その横では、乗馬運動の動きが特徴的な乗馬マシンに乗りながらお腹をさする中年サラリーマン、更にその奥のマッサージチェア・コーナーは、すっかりくつろいでいる人々で「満席」だ。
ここまで、売場を歩いてきて気がついたことがある。これらの商品は、すべてその道のプロと言われる人がいる。お米にこだわる料理店は、「水」、「とぎ方」、「直火」などにこだわり、その炊き加減と炊きあがりを絶品なものとしている。エスプレッソマシーンは、スターバックスをはじめ、多くのカフェでバリスタ風に手慣れたマシンさばきができる店員が本格的な味わいを提供している。また、エステティックサロンではエステティシャンの技術を、マッサージ店では、マッサージ師の技術を通じて、美と健康に磨きをかけてくれる。
わずか30分程度の電気量販店の散策であったが、ここまで見てきた商品から感じるエッセンスを考えてみると、「プロ技術の再現」「在宅時間の高質化」「働く女性の美と健康」などが浮かんでくる。そして、商品全体を貫くキーコンセプトな何か?仮説的ではあるが「Euphoria=幸福感」にあるのではないかと感じた。そう感じた理由について、それぞれのエッセンスから思考をめぐらせてみたい。
1)「プロ技術の再現」
これは全ての商品に共通している極めて単純なことだ。プロの技術があってこそ出せる成果や効果を、電化製品で実現することだが、私たち消費者はプロの技術の再現には限界があると思いこんできた。しかし、メーカーのあくなきモノづくりへの探求は、その思い込みを覆しつつある。釜戸直火の炊き立ての白飯、パリやミラノで立ち寄ったカフェでバリスタが作ってくってくれるスプレッソの味わい、エステティックサロンのスチームをあてた後の肌のモチモチ感、どれもプロの手を介してこそであったはずが、ブラインドテストをしてみれば、恐らくそこにあまり差はないだろう。
炊き立ての白飯、深みある香り漂う朝の一杯(蒸気の音も気分がいい)、モチモチのお肌、どれをとってもその瞬間に「Euphoria=幸福感」で満たされる。
個人的には、既にプロの技術以上の成果を出せる電化製品もある。電気シェーバーなどは、以前のそれとは比較にならないほどよく剃れる。床屋さんの技術を上回ったと思っている。剃りあとのツルツルのお肌は男性にとっても至福の瞬間だ。
2)「在宅時間の高質化」
モノづくりにおける軽薄短小化は、この30年間は常に命題であった。そのおかげもあり、私たちは随分と生活の過ごし方が変わってきた。大きかった、ステレオもビデオもテレビも、今は手のひらに収まっている。電車に乗りながら、音楽、語学、映画、ゲーム、何でも楽しめるし、PCを使って仕事もできる。その気になれば、時間の密度はいくらでも高める事が可能になった。モノづくりの軽薄短小化は、「移動時間の高密度化」という新しい生活スタイルを生み出したと言えよう。一方、私が売り場で見てきた「電子炊飯ジャー、エスプレッソマシーン、美顔器」などは、携帯品ではない。これらは、自宅で過ごす時間をより豊かにすることに価値を置いている。
多少価格が高くても、質の高い時間を家で過ごし、暮らしの内側を充実させようとするトレンド=「在宅時間の高質化」だ。そこから、自分自身の時間の過ごし方をより満足感あるものにしたいという欲求があるのではないかと見ている。その欲求とは「Euphoria=幸福感」を追求するものではないか。
3)「働く女性の美と健康」
少子高齢化が現実のものとなった今、優秀な働き手としての女性の労働力に期待しなくては、日本経済が支えられない事は周知の事実だ。その女性達にとって、美と健康は永遠のテーマである。職場で様々なプレッシャーやストレスと闘って、ドロドロになって帰宅する働く女性達の緊張感が解放される時はいつだろう?
独身女性であれば、玄関に入って鍵をかけ、急いで靴を脱いで、部屋のソファかベッドに倒れこんだ瞬間だろうか。既婚者で子供がいる場合は、そこで緊張を解くことはできない、生活の第二ラウンドのはじまりだろう。
そうであっても、永遠のテーマは変わらないし、ヘアケア、スキンケアに手は抜けない。ならば、せめて効果の高いモノをという思いは強いはずだ。働く女性にとって、日々の美と健康に充てる時間は、「帰宅から就寝までの時間」、「睡眠時間」、「朝の準備の時間」に分けられる、それぞれの生活習慣をつぶさに観察していけば、もっと美と健康の効果を高められる何かがあるはずだ。美と健康には、心と体からのアプローチがあることも忘れてはならないだろう。
働く女性にとって高価な家電製品を売るためには、その製品を使用すること自体が「Euphoria=幸福感」をもたらし、かつその方向性は常に美と健康に向かっているべきだ。
これらの思考によって「Euphoria=幸福感」がキーコンセプトになることを証明した訳ではない。更に、街にくりだして思考を深め、分析を重ねることによって、この仮説の正否を問わねばならない。大切な事は、売り場と、売り場にいる販売員と、来店する顧客を観察する事から、消費者市場を捉えるキーコンセプトのヒントが見つかる。それをさらに洗練させていけば、一時的流行(FAD)ではない、消費者市場の本流(Trend)が見出せるはずだ。
机上で錬るコンセプトには芯がない、街を歩いて、小売の現場を見て、感じて、そして考える事から消費者市場は見えてくる。ネット世界の散策もいいが、消費者市場をつかむならリアル世界を歩くことをお勧めしたい。