2015.03.25
TDRの値上げは、価値向上を反映しているものなのか?
東京ディズニーリゾート(以下、TDR)を運営するオリエンタルランドが、2015年4月1日より、料金改定を行うことを発表した。今回の料金改定により、東京ディズニーランド(以下、TDL)と東京ディズニーシー(TDS)の入園料金は、以下の通り、値上げされることになる(一部抜粋)。
1デーパスポート(大人):現行6,400円から6,900円に
アフター6パスポート:現行3,900円から4,200円に
TDL年間パスポート(大人):現行53,000円から59,000円に
駐車場(普通乗用車):現行2,000円(一律)から2,500円(平日)、3,000円(土日祝日)に
同社は、今回の値上げの目的を、「ハード、ソフト両面における更なるクオリティの向上を図ることで、ここだけでしか体験することができない魅力に満ち溢れた世界で唯一のテーマパークを目指し、更なる成長をするため」としている。
さて、海外のディズニーリゾートに目を向けてみると、世界中に5つのディズニーリゾートがある。それぞれの入場者数、面積、チケットの料金は以下の通りである。
ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート(米フロリダ)
東京ディズニーリゾート(日本)
カリフォルニア・ディズニーランド・リゾート(米カリフォルニア)
ディズニーランド・リゾート・パリ(仏)
香港ディズニーランド(香港)
※米テーマ娯楽協会とAECOMテクノロジー 2013年テーマパーク入場者数ランキング参照
チケット料金だけを比較してみると、TDRは決して高くないが、その一方で、面積あたりの入場者数をみると、TDRがいかに混雑しているかがわかる(面積は、アトラクション以外も含まれるため、厳密な混雑率ではない)。
ここまでの話しを整理すると、値上げの目的が投資目的や混雑率の縮小、いずれの理由があるにしても、TDRの料金設定自体が高すぎるということはなく、値上げは妥当なものとさえ思えてくる。
ここで、TDRで得られる価値という観点から、今回の値上げを考えてみる。まず、TDRで得られる価値の定義だが、1日に乗れるアトラクションの数、平均待ち時間の少なさ、人によって何に満足感を得るかは定かではないため、何をもって価値とするかは難しい問題である。
付加価値=当期純利益(株主)+人件費(労働者)+賃借料(地主等)+金融費用(債権者)+租税公課(国・地方公共団体)+減価償却費
この公式に基づいて、オリエンタルランド社の有価証券報告書から付加価値を計算すると、以下の通りまとめられる。 ノラ猫
定期的にTDRを訪れているディズニー愛好家の筆者としては、例え値上げになったとしても、やはり定期的に訪れることは変わりないのだが、一顧客として、今回の値上げに対する納得感は得られていない。入園料が上がれば、より体験価値が上がると考えるのは、自然なことだが、今のTDRを見ていると、値上げの分の価値は感じられないというのが正直な思いである。そこで、TDRで得られる価値という観点から、値上げに対する是非を考えてみたい。
まず、TDRの入園料金の考え方についてだが、TDRには収入源が大きく3つある。1つ目は、チケット販売による収入。2つ目は、商品販売による収入。3つ目は、飲食販売による収入だ。このうち、売上の6割を占めるのは、商品販売と飲食販売による収入となっており、できるだけ安い金額で、ゲストの数を増やし、商品販売と飲食販売で収入を増やそうとするのが、TDRの戦略だ。これはTDRが、世界で唯一、ディズニー資本が一切入っていない、株式会社オリエンタルランドによるフランチャイズ経営だからだと考えられる。東京の場合、チケットの売り上げのほうが、ショップやレストランなどの売り上げよりも、ディズニー社へ支払うロイヤリティーが高く設定されていると言われている。そのため、安いチケット料金で客を集め、その分、グッズやレストランの食事などで多く消費してもらうことで、利益を上げようとしていることが推察される。
とはいえ、TDRでは、これまでにも値上げを行ってきている。直近3回の値上げを取り上げると、2006年、2011年、2014年に値上げが実施されている。2014年の値上げは、消費増税に対応した値上げであるが、2006年と2011年に関しては、それぞれTDSの5周年と10周年イベントに合わせて値上げをしてきた。それに対して、今回の値上げは、そのようなTDSの周年イベントとは関係がない。これには、いくつかの理由が考えられる。まず主な理由としては、公式発表されている通り、投資資金の確保である。オリエンタルランドは、今後10年間で、約5,000億円の投資計画を立てている。この背景には、オリエンタルランドは政府が推進している外国人観光客の誘致や、2020年の東京オリンピックを見据えて、東京ディズニーリゾートを訪れる外国人客を増やす計画を立てていることが考えられる。
次に、大阪のユニバーサルスタジオジャパン(以下、USJ)の存在である。というのも、USJは、TDRに先んじて、2015年1月30日から入園料の値上げを実施し、従来の6,980円から7,200円にしていた。ちなみに、USJでは、2014年1月に料金改定、4月に消費増税分の転嫁、そして2015年1月の料金改定と、ここ1年間で相次いで値上げを実施している。恐らくTDRはUSJの値上げを利用し、消費者の反感を抑えられるタイミングを見計らった可能性も否めない。実際に、USJの7,200円に対して、TDRの6,900円は割安感がある。
一方、チケットの値上げは、入園者数を抑えようとしているのではないかという見方もできる。TDRでは、新しいアトラクションが出来ると3時間待ちは当たり前。レストランやショップにも長い行列ができており、TDLのファンタジーランドの再開発に伴い収容能力が一時的に更に減少することも考えられる。実際に、TDSオープン以降の入園者数の推移を見ても、2001年の2,205万人から2014年の3,040万人に増加する一方で、収容能力は増えてはおらず、単純な計算でも混雑率が約1.5倍になっていることは想像に難くない。
入場者数:50,125,000人 面積:112,000,000㎡ チケット料金: 105.44$(12,430円)
入場者数:31,298,000人 面積:1,300,000㎡ チケット料金:6,900円
入場者数:24,716,000人 面積:730,000㎡ チケット料金:96$(11,317円)
入場者数:14,900,000人 面積:19,430,000㎡ チケット料金:65€(8,663円)
入場者数:7,400,000人 面積:1,260,000㎡ チケット料金:499香港$(7,588円)
円換算は、2015年1月29日の為替相場
パーク研究の第一人者である桜美林大学ビジネスマネジメント学群専任教授の山口有次氏によると、「東京ディズニーランドの平均滞在時間とパスポート料金」の相関分析(回帰分析)を行うことで、パスポート料金が高くなればなるほど、平均滞在時間も増えているという関係が見えてくるとのことだ。これによると、最新の13年度データまで入れても、相関係数0.939の強い相関関係が認められ、それぞれの時点におけるパスポート料金はゲスト(顧客)がパーク内で楽しんでいる時間と概ねバランスが取れている関係だが、この関係に単純に当てはめると、6900円では10.1時間の平均滞在時間にならないといけないことになるとのことだ。TDLの開演時間が8:00~22:00であることを考えると、10時間滞在することは、特に非現実的な数字ではなく、通常有り得る数字だとも考えられる。
そこで、TDRで得られる価値を、会計学の生産性の観点から考えることとし、一顧客が得られる価値ではなく、オリエンタルランド社が創出している付加価値としてみなすこととする。
ここでいう付加価値とは、企業が新たに生み出した価値、付け加えた価値をあらわすものである。付加価値は売上高からその売上を上げるために必要となった外部から調達した商品やサービスの金額を差し引いて求める。メーカーなら売上高から原材料費を引いた金額で、商社なら売上高から仕入高を引いた金額となる。付加価値からは人件費、支払利息、賃借料、租税公課、減価償却費がひかれ、最終的には税引前利益が残る。逆にいえばこれら費用や税引前利益すべてを含んだものが付加価値である。付加価値が無ければこれら費用を負担することもできず、利益をあげることもできない。尚、付加価値の算出式は、以下の式で表される。
※()内は、付加価値の分配先を示す
1999年度 付加価値:79,243百万円(一人当たり付加価値:約4,800円)
2006年度 付加価値:130,390百万円(一人当たり付加価値:約5,050円)
2013年度 付加価値:209,810百万円(一人当たり付加価値:約6,700円)
上記から、同社が創出している付加価値(一人当たり含む)は増加傾向にあることが分かる。ここで、各年度のチケット料金に着目すると、1999年度は、5,200円。2006年度は、5,800円。2013年度は、6,200円となっている。ここで、ゲスト(消費者)は、付加価値に対してお金を支払っているものだとすると、チケット料金は値上げされているものの、ゲストが得られる付加価値も増加しており、2006年度までは、ゲストが得られる付加価値よりも支払うチケットの金額の方が高くなっていたが、2013年度に至っては、支払う金額よりも得られる付加価値の方が高くなっていることが分かる。つまり、TDRを訪れるゲストにとっての価値は、費用対効果の面からも増加していることが明らかである。
今回の値上げは、ゲストが得られる価値という観点から考えると、妥当なものである。但し、今後、日本では緩やかな物価上昇が続くと予想され、2017年4月からは消費税率も10%へ引き上げられる。前述のとおり、チケット料金で稼ぐ海外のディズニーリゾートとは違うため、著しく料金を引き上げることはないと考えられるが、TDRのチケットは今後、更に値上げされていく可能性が非常に高い。その際、創出する付加価値がチケット料金を上回ることが一つの指標になるのではないだろうか。
今後、TDRのチケット料金はどう変わっていくのか、ゲストが得られる付加価値がチケット料金を再び下回ることはないのか、注意深く見守っていきたい。