2007.12.03
リーダーに教え忘れたこと
今年も残すところあと1か月となったが、振り返ってみると不祥事ばかりが目に付いた1年だった。企業の不正は後を絶たず、官僚の汚職の根は深まるばかりだ。そんな1年ではあったが、リーダーという存在について所謂リーダーシップ論とは違った角度から考えてみたい。
ここ数カ月、企業や官僚のリーダー達の失態を見て感じる事は、あれだけの努力をしてきた人たちが、何故「善悪」の判断がつかなくなったのかということだ。彼らの行動に同情する気は全くないが、彼らの行動を「善悪」ではなく、「快苦」と置き換えてみると理解できるのかもしれない。つまり、「善い事は快い事」で、「悪い事は苦しい事」への置き換えだ。企業で言えば、収益改善のためのコスト削減努力は、非常に苦しいことであるが、企業自らが善くなるために実行しているのであってこれは決して悪いことではない。逆に粉飾などは自社にとって悪い事だと分かっていても、ステークホルダーから責められることからなんとか免れたいと思い、その場をなんとか誤魔化して苦しい事はしたくないとなってしまうのではないか。
「善悪」の判断は、本来人の内側にあるものだ。善い事はしたいからする、悪い事はしたくないからしない、ということでなくてはならないが、「自分にとって快い事はしたいが、苦しい事はしたくない」になった。この事を考えるにつけ、脳神経外科医の築山先生の話を思い出す。私たちの思考や行動を組み立て、運動野を介して体に命令を出す脳の司令塔とも言いえる前頭葉は、普段からしっかりと鍛えて「考える脳の体力」を持っておくことがとても大切なのだそうだ。
もし、「考える脳の体力」が弱ってくると、その次に人間を動かすのは感情系の要求となってしまう。つまり、苦しいことや面倒なことはしたくない、楽をしたいという感情系の要求に支配されてしまい、実は脳が元来持っている「より原始的な欲求」に従って動いてしまうのだ。「考える脳の体力」を鍛えるための詳細は築山先生の著書に詳しいが、そのポイントを簡単に言うと、『①手、足、口を動かす。②質の高い睡眠と睡眠時間を活用する。③忙しいときほど片付けを優先する。④日頃よくする失敗を分析する。』の4点にまとめられる。
確か、日本電産の永守社長がM&Aで買収した企業の現場に行って、社員の方々にまず指示することが、「始業時間に遅刻をしない」「現場の整理整頓」という2点だと聞いた。これを徹底されることで、各段に生産性は向上する。極めてあたりまえのことだが、「考える脳の体力」を鍛えるための環境づくりを行っているのではないか。このことから、組織の基礎体力づくりは、「考える脳の体力」作りにあるとも言えそうだ。
現代のような変化の激しい企業経営において、「考える脳の体力」を自ら鍛えておくことはリーダーの必須条件だと言える。しかし、変化対応への苦しさや辛さから逃げたいという思いが心の内に芽生える時、リーダーの「善悪」の判断は「快苦」の判断へと変質する。或いは、前述した「考える脳の体力」を鍛える事(自ら雑用をしたり、自らの失敗を分析したり)を怠っても同様のことが起こる。防衛省前事務次官も、自らの「考える脳の体力」を鍛えずに、他人が快くしてくれる罠にハマった一人だ。入庁時には大いなる志に燃えた青年であったはずだが、トップに上り詰めてからの4年間、左右に曲がるボールにも「ナイスショット」のかけ声が快く響いてしまう悪のリーダーになり下がった。
リーダーの必須条件の1つは、善悪とは何かを自ら見出し、その価値基準に従うための努力(考える脳の体力づくり)を怠らない事だ。歴史的に見ても、真のリーダーと称賛されてきた人々の考えと行動の基本はここにある。
もう1つのリーダーの必須条件は、組織内の納得感づくり、組織的な合意形成と言ってもいい。
今年10月に第9回日経フォーラム世界経営者会議が催された。世界の企業のトップマネジメントは、原油価格の高騰、米国住宅ローン問題に始まった金融危機など、経済のグローバル化により、経営リスクは世界の企業を同時かつ瞬時に襲う時代にあって、成長を続けるには変化に適応する企業力が求められているとの認識は一致していたようだ。特に、欧米のグローバル企業のトップに学ぶべき点は、変化を積極的に受け入れるイノベーション・マインドと、競争こそ自らを研ぎ澄まし成功させるために必要な環境であるという考え方であった。一方、日本企業の経営者の多くは、変化に対応するためには企業の戦略を実践する「現場力と人材力」を活かす経営に重点が置かれていた。日本人の気性を考えると、変化や競争を好むとは思えない。しかし、経営層を始め組織のリーダー達が競争を勝ち抜くためのポイントを共有し、現場の人材が顧客にしっかり対応する環境を作ればそれは可能だとしている。意外にも、このことを最も的確に説明していたのは、JPモルガン・チェース会長兼CEOのジェイミー・ダイモン氏の講演内容であった。彼は徹底した現場主義を唱えていた。本社機能、意思決定、能力主義、仕事に対する価値観に至るまで、現場主義を基本思想に据えた経営の在り方を聞くにつけ、心地よさすら憶えたのは私だけだろうか。ともすると、外資金融企業のハゲタカ的イメージが強い事を懸念して、このような話をしたという見方もできる(特に、良い人材を獲得するためにM&Aをする事もあると関係づけていた事が印象的であった)が、ジェイミー・ダイモン氏の指摘には、リーダー達にとって重要な視点を示してくれている。「CEOである自分の仕事は、経営判断を下すことではなく、そのお膳立てをすることだ。要は、私よりも現状を把握している人材を集め、意見を交えながら分析すれば、おのずと正しい答えが見えてくる。オープンな意思決定プロセスが重要だ。」と語っている。
ポイントは現場を最も知る者との対話は、十分に納得できる判断を下せるということだ。なるほど、これも当たり前で見失いがちだが、リーダーは、部下に対して自分たちは何故この仕事をするのかという基本的な課題に対して十分に納得のいく説明ができなくてはならない。納得感を持って働くという事は何かとても力強さを感じる。
リーダーに教え忘れたこと。実は社会人としての規律・規範そのものだ。どんな組織であっても、リーダーとしての立場に置かれたら、最初に為すべきことは、善き行いを率先垂範することから始めなくてはならない。それは、あいさつ、感謝、整理整頓、時間厳守などあまりにもあたりまえのことである。更に、すべての現場の仕事について、対話を通じた納得いく説明がきちんとできることだ。
考えてみてほしい。これらのことを軽視したリーダー達は、いったい何を失ったのかを。