2010.02.05
電子書籍化のトレンドの中で、出版社としての存在価値を見出せ!
1月27日に、米アップル社は新製品発表イベントで「iPad」を発表した。iPadは9.7型の液晶ディスプレイを搭載し、マルチタッチ入力に対応したタブレット型デバイスである。CPUやメモリ容量はまだ現在のパソコンのスペックに至っていないが、機体のサイズや機能性から、ノートパソコンとスマートフォンの中間に位置づけられるモバイル電子端末として、3月から発売される予定である。
iPadの最大の特徴は「iBook」という電子書籍用のアプリケーションだ。電子書籍ストア「iBookstore」にアクセスして書籍を購入・ダウンロードし、紙をめくるような操作で書籍を読むことができる。また、書籍の中には音楽や動画を埋め込むことも可能だ。iPad発売時点では米国限定で開始されるサービスであるが、今後日本にもサービスが普及していくと見られている。
電子書籍は、欧米ではすでに盛んで、コンテンツが豊富に取り揃えられており、アマゾンの「Kindle」をはじめとした電子書籍端末も年々普及している。米国の調査会社Instart社によると、現在の普及台数は約300万台であるが、2013年には2860万台にも上ると言われている。
普及の要因は、端末と書籍リーダーソフトさえあれば読みたいときにいつでもダウンロードし読むことができる、という点だ。
これまでの紙媒体の場合、読者にとっては、書籍を読むにはまず書店等に足を運ばなければならない。また、オンライン書店での購入が可能になったとはいえ、パソコンがなければ書店のサイトにアクセスできず購入することができなかった。さらに、書籍を読むとなると、ボリュームが多くなれば持ち運びが不便となり、保存するにしても部屋や本棚のサイズによって書籍の冊数が限定されてしまう。しかし、電子書籍の場合、携帯可能な電子端末を持っていれば、安価な書籍を読みたいときに購入しダウンロードして読むことができるようになった。つまり、紙媒体よりも手軽に書籍を手に入れることができるようになり、今後電子書籍の読者が増えていくだろう。
電子書籍は、読者だけではなく、作家にも大きなメリットをもたらそうとしている。これまでの紙媒体での書籍が購入者の手元に届くまでに出版、DTP、印刷、物流、取次、書店、広告など多くの中間業者が存在しており、出版までに莫大な費用がかかっていた。そのため、余程売れるという見込みが立たない限り本を出版することができない。自費出版を行うとしても、やはり相当な費用がかかるため出版するハードルは高かった。
それが電子書籍となれば、多くの中間業者を除いて直接電子書籍を販売するオンラインショップと契約することができ、出版のための期間やコストが大幅に削減され容易に出版できるようになる。また、これまで紙媒体の書籍の出版・販売に対して作家に支払われてきた印税の割合は一般的には書籍価格の7%から10%程度であるが、Kindleは印税率35%を最初に打ち出し、さらに70%への引き上げも発表した。電子書籍の出版における高い印税率は作家や作家志望者にとって最大のメリットとなり、本を書きインターネットを通じて出版・販売する人々が増えていくだろう。
逆に、紙媒体の書籍販売に関わってきた多くの中間業者は電子書籍の流通ルートから外れることとなる。電子書籍になれば、印刷、保管、運搬、店頭販売などの流通関連業務は必要ない。また、取次や広告、出版についても事業の縮小あるいは撤退を余儀なくされる。アメリカの出版業界はその危機感から作家やネット企業に対して牽制を仕掛けてきた。米大手出版社サイモン・アンド・シュースターのある幹部はアマゾンの低額販売・高額印税の仕組みに対して「一部のネット企業が大きなシェアを持つのではなく、端末やネット流通などで健全な競争環境を確保する必要がある」と述べている。また、Random House社も「電子書籍は従来でいう書籍という認識であり、電子書籍の扱いについて明記されていない古い出版契約書についても我々が独占的に出版権を保有している」という文書を作家エージェントらに対して送付するといった行動に出た。ただ、これらの牽制は、アマゾンのようなネット企業だけでなく米国のThe Author's Guildといった作家団体からも反発を招く結果となった。日本でも、大手出版社21社が「日本電子書籍出版社協会」(仮称)を2月に発足させるという動きを見せ始めた。日本国内での電子書籍市場において主導権を確保しようと書籍の電子化に向けた規格・ルールづくりをするとのことだが、これも作家とオンラインショップとの直接的な流通経路確立に対する牽制と見てとれる。著作権法ではデジタル化の許諾権は著作者にあるため、作家がオンラインショップと取引をすれば出版社は対応しようがない。作家の多くも、出版社と取引をすることにメリットがなければ、オンラインショップとの直接取引に流れていくことは必至である。
では、日本の出版社が今後電子書籍化のトレンドの中で生き残っていくためには、何ができるであろうか?
一つは「新人作家の発掘」が考えられる。出版社はこれまでに数多くの著名な作家を生み出してきたという実績がある。作家志望者にとっては、処女作を独力で出版するには苦労するであろう。オンラインショップには作家を作品化するまでのフォローをするサービスはない。経験の乏しい新人作家に対して出版社が校正・校了、編集、広告宣伝等出版までをサポートすることで、作家に対しての存在価値を見出すことができよう。また、オンラインショップにとっても、作家と直接取引できる仕組みは提供するものの、それによって「売れる作家」かどうかの選別はできない。そこで、出版社が有望な新人作家を発掘することによって、オンラインショップの売上にも貢献できるような作家として選別された上で契約を結ぶことができるのである。
また、「作家の育成」も出版社の生き残り戦略の一つと考えられる。処女作を出版したからといって、すぐに次の本を書き、さらに売れる本を書くことができるほど優秀な作家はそれほどいない。作家として確立するまである程度は出版社が継続的にフォローをしていく必要があり、また意欲の高い作家であればそうした出版社のフォローを望むのではないだろうか。オンラインショップにとっても、継続的に売れる本を出版する作家がいてくれれば望ましい。
さらに出版社は、作家自身が書きたいテーマ・内容をフォローするだけではなく、作家に対してテーマや内容を提案するといった「商品企画」を行うこともこれまでの経験から可能である。例えば、歴史小説を書く作家のエッセイや自叙伝を企画したり、環境問題の専門家に対して子供向けの本を書く企画を提示するなど、作家自身が思いつかない発想で企画することは出版社の独自性として価値があるのではないだろうか。
日本の出版業界は、商材である書籍が著作権保護の観点から再販制度などの法律によって守られてきた業界である。同じような流通構造を音楽業界も持っていた。しかし音楽業界においては、ソフトがデジタルコンテンツ配信に切り替わることで、CDやレコードの生産・流通・販売に関わる業者が規模縮小もしくは撤退という道を辿ることとなった。しかし、コンテンツ制作に関わるプレーヤーは生き残っている。その中で、音楽出版社は著作権の管理・開発・プロモーションという業界内での位置づけを確立・維持している。書籍がデジタルコンテンツとして配信される時代となった際に、出版社が電子書籍普及に寄与できる価値が提供できることを期待したい。 フォレスター