2009.05.26
解決されない会議の問題 ~ルール・制度定着の視点~
先日、日本経済新聞に「パソコンを使ったウェブ会議システムの普及」に関する記事が掲載された。従来のテレビ会議システムは、機器の設置等、初期投資だけで数百万円以上かかることが多く、導入を躊躇する企業も多かった。しかし、このウェブ会議システムの利用でかかる費用は、初期登録料・月額使用料のそれぞれ数万円のみ。専用回線の敷設も不要だ。ある調査会社の調べでは、2008年のウェブ会議の市場規模が、前年比55.2%増となることもわかっている。このような急激な市場拡大の背景には、近年の景気悪化の影響があるという。同調査会社では、市場拡大の主な理由として、景気悪化により迫られた各社のコスト削減への取り組みが、企業の中の「会議」にも及んでいることを挙げている。ウェブ会議システムを利用すれば、これまで遠隔地の会議参加者に支払っていた出張費を節約できるのはもちろん、各人の移動時間(労務コスト)を大幅に圧縮できるためだ。 しかし、各社の「会議コスト」に対する意識は、なにも景気悪化の影響を受けた「今」だから高まってきたわけではない。ほとんどの企業では、常態的に会議の非効率性の問題、つまり「会議に投入した資源に見合っただけのアウトプットがでない」という問題を抱えている。実際、書店に足を運べば、会議運営に悩む人々のニーズに応えようと、会議に関するノウハウ本が数多く存在する。だが、一向に企業の会議が改善されないというのが、現状であることが多い。 では、何故ここまで会議の問題への解決策が公開されている中で、企業の会議の問題は、改善されないのだろうか。理由は、大きく二つ考えられる。一つは、問題の原因分析が不十分なまま、応急措置的に書籍等からそのまま引用した解決策を導入している場合だ。これは、問題の原因が追及できていないため、当然、解決策として提示したものが解決策になっていない可能性が高い。もう一つは、解決策がいくら問題を解決し得るものであっても、実際の現場に定着しない場合が考えられる。どんなルール・制度についても同様のことが言えるが、実際に遵守されて初めて、それらは役割を果たし、機能を発揮する。一般的に、解決策として提示したルール・制度を社内に定着させる、この段階をクリアするのは、非常に難関であると言える。 それでは、実質的に会議の問題を解決させるためには、具体的に何が必要なのだろうか。ここでは、以下二点を取り挙げたい。 まず、一つは、「会議の本質」を理解し、社内において「あるべき会議」の共通認識を持つことである。会議とは、本来、「ある目的のために、多種多様な意見・考え方を持った人同士が、関連する情報や互いの異なる意見・考え方を対話によって共有し、より良い結果を創造するために開かれるべきもの」である。つまり、全く同質(バックグラウンドや考え方が同じ)の人が集まり、同じ様な考え方を共有し、最初から結論が決まっているような会議は、そもそも会議と称するべきではないのだ。会議に、複雑性や難しさが生まれるのは、ある目的に対して、会議メンバーの分だけ、考え方や主張が存在するからこそである。そして、そういった会議こそ存在価値があるということを理解したうえで、自社における「あるべき会議」を定義し、社内において共通の認識を持つことが重要なのである。 こういった「会議の本質」の理解があり、社内において「あるべき会議」の共通認識がある場合、理想と現実のギャップについて、ベースを同じくして議論を進めることができる。自社独自の問題の要因を分析するうえで、理想の基準を統一させることは、重要なことである。また、その結果、解決策が総花的になることも防げる。各々が持つ会議の問題に対する重要度が同様の基準で共有されることで、自社の会議におけるクリティカルな問題が特定でき、解決策を絞り込むことができるからだ。あれもこれもと感覚的に解決策を講じてしまい「結局、何も解決されない」といった悲惨な事態を回避できる。 また、「会議の本質」を共有することは、「解決策として提示したルール・制度を社内に定着させること」にも繋がる。解決策として提示したルール・制度には、必ず例外が存在するものだ。むしろビジネスの現場では、例外の方が多いくらいである。しかし、こういった例外にさらされたルール・制度は、簡単に風化してしまう。そこで、根幹にある「会議の本質」に基づいた、柔軟な判断を各自が下せることが必要になってくる。例えば、あるルールに基づき、一度は改善された会議であっても、定期的に存在価値を問う、といったことは、表面的なルールや制度だけでは徹底できない。よって、会社としては、常に本来あるべき会議の観点から、適宜状況の改善を検討できるよう、「会議の本質」とは何か、発信し続ける必要があるのである。 そして、もう一つ。実質的な問題解決に欠かせないことは、解決策として講じた会議のルール・制度の効果を、会議に携わる「主催者」「会議メンバー」「ファシリテーター(ここでいうファシリテーターとは、中立的立場で、会議プロセスを舵取りする役割を担う)」の3者に納得させ、ルール・制度に基づく自発的な行動に繋げることである。書籍から場当たり的に引用した解決策を社内で展開しようとしても、効果に関して、具体的な裏付けがないため、ルールを課された側は、半信半疑で指示通りにやっている、という状態に陥りがちである。 例えば、多くの会議におけるノウハウ本には、会議の事前準備の重要性が挙げられており、その中でも、「会議の主催者が、会議メンバーに対して、会議の趣旨・議題に関する情報を事前に共有しておくこと」は、事前のタスクとして頻出する事項の一つである。では、どのような効果の裏付けがあれば、このタスクを上記3者の自発的な行動に繋げる可能性を高めることができるだろうか。 ここに、上記タスクの効果の裏付けを示す、ある社会心理学の実験結果がある。それは、「会議メンバーの話し合いのなかで、最も時間が割かれているのは、お互いに共有していない情報についての話し合いではなく、すでに共有している情報についての話し合いである」というものだ。この実験では、話し合いの時間の中で、共通認識に関する話し合いが占める割合は45%だったのに対して、非共通認識に関する話し合いは、わずか18%である、ということがわかっている。また、事前に共有されている情報の3割以上が、反復して議論の中で話し合われていることも、一連の実験結果によって証明されているのである。(Stasser,Taylor,&Hanna,1989) 上記の実験から想定できることは、会議メンバーが持つ、ベースとなる共通の情報(会議の趣旨・議題の付随情報)の質を向上させれば、繰り返される議論の質も、同様に向上する可能性が高くなるということである。よって、会議という時間的制約がある中で、良質な議論をさせるためには、主催者は、事前にできるだけ良質な情報を、会議メンバーに提供しておくことが必要だと言えるのである。 このような結論部分だけを見ると、一見当然だと思うかもしれない。しかし、会議主催者のみならず、このような効果のプロセスが、実際に証明されていることを知っている「ファシリテーター」も、会議開催のオープニングに時間を割き「情報共有すること」を、会議進行上の必須タスクとして、自ずと組み込む意識が身につくだろう。また、「会議メンバー」についても、同様だ。「事前に知識を深める」、といった一般的な会議の心得の重要性が理解でき、より自発的な行動を促すことが出来る。 以上の二点は、会議の解決策を導入するうえで、忘れがちな視点である。しかし、現状を制度・ルールによって改善するためには、欠かせない視点なのだ。 併せて、会議の問題を解決するための前提として、会議とは、目的を達成するための、あくまで手段であることを理解しておくべきだ。会議を行った結果、参加者の認識や、知識に変化が生じたとしても、新製品が完成するわけでもなければ、組織が変わるわけでもないのである。大切なのは、会議で出たアイデアや、決定・共有事項を、如何にして活かし、実行するかである。会議が非効率であることに悩む人々は、前提として、会議を効率化させて何を実現させたいのか、その先を見据えることを忘れてはいけない。
マカロン