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2008.10.27

H&M上陸!日本のファッション消費に及ぼす影響とは?

 先月26日に総務省が発表した8月の全国消費者物価動向では、消費税率の引き上げで実質的に物価が嵩上げされた1997年以来の物価上昇率であると報告された。原油・資源価格の高騰で食品・エネルギーなどの生活必需品が値上がりする一方で賃金は上昇しない状況下、サブプライム問題に端を発した金融危機の逆資産効果も加わり、さらなる個人消費マインドの冷え込みが予想される。また今月の日銀短観でも消費の低迷を受け、小売業は前月のマイナス9ポイントと業況感の悪化を指摘されている。

 しかし、最近の経済環境の悪化をものともせず、先月1日だけで9000万円の売上を上げた衣料専門店があるのをご存知だろうか?世界30カ国1600店を展開するアパレル企業で、銀座7丁目の一等地に日本1号店を出店したH&M(へネス・アンド・マウリッツ)である。H&Mの商品は知らなくても、開店初日に入店まで4時間待ち以上の行列で大混雑したというニュースを耳にされた方は多いのではないだろうか。H&M銀座店は開店から一ケ月以上経った現在でも、常時10数人の入店待ちの行列ができるほどの盛況ぶりである。また、H&Mは、出店エリアの客層ターゲットに合わせて、同じ店とは思えないほどがらりと品揃えを変える店舗戦略をとっている。そのため、来月上旬に原宿の2号店が、どのような商品ラインナップでオープンするのかも関心を集めている。H&Mは、既にグローバルで大御所デザイナーとのコラボレートを行っているが、2号店の出店時にはモード界を代表するコム・デ・ギャルソンの日本人デザイナーとのコラボラインの先行発売を予定しており、話題作りにも事欠かない。H&Mの出店は日本のファッション界に旋風を巻き起こしているといっても過言ではない状況だ。

 ただし、日本は言わずと知れた世界でも有数の消費成熟市場である。高収益体質で世界最強のアパレルと目されるH&Mとは言え、日本市場で勝ち残れるとは限らない。日本の衣料・服飾小売市場では、旧来型のプレイヤーはかなりの苦戦を強いられている。かつては百貨店の売上は婦人服が牽引していたが、昨年には婦人服と食料品の売上高が逆転した。また日用品の買い物をワンストップで提供してきたGMS(総合スーパー)でも、衣料品の売上構成比が40%から20%に落ち込んでいるという。

 他方、衣料専門店、特に自ら商品を作って自店舗で売り切るリスクを負っている企業は、品揃えと価格の両面で顧客のニーズ変化に対応してきている。こうした製造小売業の躍進により、日本の個人消費において、衣料・服飾品の目的・用途に応じてカテゴリー衣料専門店を活用する消費スタイルは定着しており、H&Mにとっては好材料と言える。また、世界の衣料業界売上高1位のGAP、2位のインディテックス(ZARA)が日本で旗揚げしてから10年以上経った中で、日本市場において、グローバルファストファッション(世界のコレクションブランドのトレンドをシーズンに遅れることなく、リアルタイムかつ多品種少量高頻度生産と低価格でマーケットに送り出す小売製造業)の認知も十分広がり、消費者の支持を獲得できることも検証済みと言える。世界1,2位企業の日本展開を見た上で、第3位のH&Mにとっては満を持しての出店であろう。とはいえ、これらの日本のカジュアルファッション市場に先鞭をつけてきた企業は、当然H&Mの競合になる。品質にうるさく値ごろ感も求める日本の消費者を前に、H&Mは競合との差別性を明確に打ち出し、一過性ではない支持を獲得することができるだろうか。

 H&Mの商品ポジショニングの観点から見ると、確かに、これまでの日本市場にはなかった存在だと言える。H&Mの最新トレンドのファッションをクオリティと最良の価格を担保して提供するという精神は、商品のデザインから、製造、店舗での販売まで一貫している。結果として、消費者は、ファッション性が強みのインディテックス(ZARA)よりも安い価格で、GAPやユニクロのようなベーシックではなく、トレンドにマッチした安価な商品を購入できるのだ。さらに、H&Mでは、生鮮食品同様の感覚で鮮度を重視した商品展開を行っている。顧客を飽きさせない経営を目指し、常に顧客が、店舗で新しいものに出会えるための商品企画・製造・物流の仕組みを構築しているのである。日本の消費者は、十分な選択眼 を持っており、ブランド品だという理由だけで商品を購入する時代はもう終わった。流行に敏感な若い女性ですら、数年前には、憧れのカリスマ店員やモデルのコーディネートをトータルで購入する層が存在したが、もはやそのような傾向はみられないようだ。むしろ、High&Lowを上手に組み合わせた身の丈にあった消費で、自分らしさを表現できるファッションこそが求められている。手頃な価格で最先端のトレンドが取り入れられるH&Mは、自己のこだわりと流行を適度に両立したい日本の消費者のニーズに応えられる可能性は高い。さらに、店に行く度に新しい商品に触れることができるとあれば、実際の購入に至らずともH&Mブランドや商品開発力に対する期待は高まるだろう。

 しかし、H&Mの日本市場進出に不安要素がないわけではない。海外生活経験者やBuyMa等のサイト経由で、購入経験のある日本人にはH&M商品の品質に不満を感じている人もいるようだ。H&Mは高品質を アピールしているが、一部の日 本の消費者の求める品質レベルには到達していないのかもしれない。だが、最も懸念材料となるのは、H&Mが強みとする店舗・商品展開が日本人の衣料購入の検討プロセスにマッチするかどうかである。前述した通り、商品の鮮度を売りにするH&Mでは、店舗内在庫が少なく、商品回転率が非常に高い。消費者に対して、「今、買って、後で決めよう」というキャッチフレーズを謳っているが、他の店を見て回って、検討した上で購入を決めた時には商品がなくなっているという状況も容易に予想できる。購入30日以内であれば返金できる制度はあるものの、日本人消費者は店舗で試着を行い、その場で購入するか否か十分に検討したい人が多いだろう。現状銀座店は、試着スペースも全てのフロアにあるわけではなく 、裾上げ等のサービスに対応していないことも従来の日本の当たり前とのミスマッチである。また、日本の消費者は店舗内でディスプレイされている商品ではなく、店舗内在庫の「綺麗な」商品を求める傾向が強いが、これにもH&Mでは対応できないだろう。さらに、商品が常に新しくなるH&Mの店舗スタッフは、今売り場に何があるかは熟知していても、商品自体の知識を蓄積する機会がなかなか得られない。消費者にとっては、店舗スタッフは商品をよく知り買い物の手助けをしてくれる専門家ではなく、H&Mというトレンド発信基地の歩き方を伝えるナビゲーターのような存在といえる。実際に、店舗に入店した顧客を「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」と迎えるスタッフの挨拶を一つとってもそのスタンスが垣間見られる。

 日本の買い物の当たり前が通用しないH&Mでの経験は、消費者に新たな買い物スタイルの提案をしてくれているようにも見える。日本の小売業のお客様扱いに慣れ親しんでいる消費者が H&Mにどういった評価を下すのかが明らかになるには、まだ時間はかかる。だが、ファストフード店にはそれに応じたサービスレベルがあるように、ファストファッションにも独自のサービス基準があるのは当然だ。そして、消費者が必ずしも丁重なお客様対応を求めているとも限らない。顧客に目を向けることは、顧客に過剰なサービスを行うことと同義ではない。H&Mの日本市場におけるサービスが、どのレベルでスタンダードになるのか 。顧客第一主義を標榜する多くの日本企業にとっても大いに示唆を提供してくれることになりそうだ 。


 

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