2008.08.18
“自分主義”を超えられるか
人の職業観や価値観はどんどん多様化し、その反動として個人主義と自己責任が重視されるようになった。もう30年前のように会社が個人の人生に対して責任を負う時代ではない。しかし、個人も会社の長期的成長に全人生を傾倒して取り組む時代でもなくなった。組織が個人を擁護する時代から、個人が個人として確立しつつ、自己責任を問われる時代となったのだ。 そのわかりやすい例がモンスターペアレントの増大である。モンスターペアレントとは、学校に対して自己中心的で理不尽な要求を繰り返す保護者を意味する和製英語である。 実際に小学校で教師をしている友人から話を聞いたところ、自分の子供は水泳が得意だが学校には水泳部がないので作ってほしい、下校途中に友達とけんかして怪我をしたので学校は慰謝料を払ってほしいなど、親の消費者意識が暴走し、過剰なサービスや権利の主張を行うという話が実際にあるという。最近は加熱的なモンスターペアレントの指摘に対して、正当な主張ができなくなるのではというアンチモンスターペアレントの考え方も出てきているが、実際にはまだまだこの傾向は根強いのだ。このような保護者は、学校が多くの子供に対して教育を行っているという前提を離れ、あくまでも学校と自分個人が1対1の関係にあると考えながら、物を言う傾向が強い。自分の権利や意見を強く主張する反面、自分の言動が他者に与える影響や及ぼす弊害については顧みないという自分主義がはっきりと見てとれる。
また、人に直接的な害を与えるような上記の極端な事象とは異なるが、企業の中でも、自分主義者が蔓延していることが伺える。近年、中堅社員に対する教育ニーズが高まっているが、多くの組織で、組織の事に興味関心を示さない、目線が低いという話をよく聞く。実際にある企業で上長や当人をインタビューしてみると、下記のような傾向が確認された。 上記で示した自分主義者の基本は、GIVE & TAKEではなく、TAKE & TAKE & GIVEである。常に中心には自分があり、TAKEありきのGIVEを行う。このような功利主義的な物の見方や他者への関わりが根底にあることで、他者よりも自分の利益を強く優先しようとし、自分と他者との関係はWIN-WINではなく、WIN-LOSEの関係になりがちである。他者との関係性の中で相手を説得して自分の無理な要求を通したとしても、相手の名誉を奪ったり、感情を傷つける事に繋がってしまう。 現在、上記のような自分主義の中で、“個”を求める個人も次第に孤独感を感じ、他人とどこかで繋がっていたい、共通のものや場を求めるという思いも出てきている。個人主義の在り方も問い直す時期に来ているのだ。企業を含む人間社会では、他の人々の恩恵を消費するだけでは成り立たない。組織や社会の一員である我々は、様々な他人の仕事から恩恵を受けながら生かされているが、それと同時に我々自身も他の人々の役に立つことが求められる。自己の責任を果たすためには、自分の意思や考えを主張する・尊重するということだけではなく、自分に対するように他人を尊重し、周囲の人や社会に対して自分に求められる責任を果たすという事が必要である。そのためには、自分主義の呪縛から離れ、自分の帰属意識を社会や組織へ広げていき、物事を感じたり考えたりする際の空間軸を大きくしていくことが求められる。これによって、より広い範囲に自分主義を取り入れ、自分のことのように他者や組織・社会について考える事ができるようになる。 モンブラン
日本が高度経済成長期にあった頃、人々は将来の安定した暮らしを求めて、「今」を投資した。新卒採用として会社に入社した後は、その会社で一生懸命働けば時間の経過に応じて出世し、給与が上がるという循環の中で仕事に励んだ。先々には昇格し高い給与がもらえるというように将来に対する希望が強かったから企業側からの要求に対して、例えそれが無理難題であったとしても、充分な見返りを受けているという認識や愛社精神がその仕事を遂行せしめた。個人は社会や企業に対して責任を果たす事が強く求められ、その中で生かされるものという側面が強かったのだ。
しかし、その後の「リストラ・転職・成果主義・雇用の多様化・格差の拡大」などの環境変化は、個人に新しい価値観のもとで働くことを求めていった。その合言葉が「自己責任」や「個人主義」である。個々人が家や組織に拘泥することなく、個人としての存在を意識し始めた。個人は集団に帰属することよりも、個人としての能力を強化し、それを通じて組織に貢献することが求められるようになったのである。
個人主義は個々人の独自性や自律性を重んじるものであるが、それと同時に他者や社会・組織に対して責任を果たす事が求められる。しかし、現在はその本来の意味合いが見失われ、都合の良い自己責任や行き過ぎた個人主義が目立つようになっている。この傾向は今や企業と個人の関係の中だけではなくなり、日本社会全体に浸透し、様々な弊害を招いている。自分に対する興味・関心が高い内向きな個人主義や功利主義的な個人主義が散見されるようになった。つまり、社会や組織に関わる人々に対して責任と義務を伴わない個人主義を唱える『自分主義者』が増えているということだ。
・自分を理解してもらおうとする欲求は強い反面、自分の行動が他者に与える影響や他者の気持ち・感情を理解しようとする意識は弱い 。
・他者を評価的・批判的に捉えがちで、共感的に感じようとしない、感じる範囲が狭い。
・自社や上司に対して、自分の知っている情報や事実だけで限定的に捉え、それ以上深堀しよう(知ろう)としない。
これらの傾向は、1人1人が物事を考えたり、感じたりする際の“空間”が小さくなってきており、自分の都合や自分に関係する直接的な結果だけを見つめて行動し、組織や職場全体への興味関心が大きく低下している事を示している。このような事も、自分個人を優先し組織に対する義務や責任を狭い範囲でしか果たそうとしないことから、自分主義者予備軍といえる。