2020.08.31
人と組織の進化の条件
映画「リンダリンダリンダ」の中で考え方が違う者同士の意見がかみ合わない象徴的なシーンがある。主役である韓国人留学生の女子高生が文化祭でブルーハーツの曲を披露するために、カラオケ店に歌を練習しにくる。その際店員はいつものようにドリンク制を説明するが、女子高生は「歌うだけでいい」と言う。「そういうシステムなため注文してください」と食い下がる店員に対して、女子高生は「飲み物は持っているので歌うだけにしたい」と言う。仕舞いには、「よその店もそうです」と感情的になる店員に対して、女子高生は「それ変だよ。飲みたいものないし、飲みたくない」という双方の押し問答を繰り広げるのだ。
このシーンを見て、自身の考え方を当たり前とせず、異なる考え方を取り込み融合させることは、人の進化につながるのではないかという思考に至った。この思考は正反合のフレームワークを使い、現状のテーゼ(正)を高次元のジンテーゼ(合)に進化させる弁証法(*1)と類似している。
今回のケースを弁証法に当てはめてみると、テーゼ(正)は“既存の仕組みであるドリンク制を主張”する店員であり、アンチテーゼ(反)は“歌うために来ているのでドリンクは不要だと主張”する女子高生である。そして両主張を統一すると、例えば、“持ち込みを許可して室料を高くする。そして、室料のみの料金体系に統一する”というジンテーゼ(合)に進化するといった具合だ。
もちろん店員はシステムを柔軟に変更する権限を付与されていないし、弁証法を知っているわけでもないから、その場で両主張をジンテーゼに進化させることは不可能だ。では、現実の世界で自身の考え方を意図的にジンテーゼに進化させることはできるのだろうか。また、弁証法の効果を最大限発揮するためにはどうすればよいのだろうか。このようなことを自問自答していると、ジンテーゼに至るには、“異なる考え方とどう向き合うか”という“スタンス”が最も重要なのではないかという仮説が生じた。
スタンスの例としては、“「自身の主張が正しい」という思い込みを弱めるようにする”、言い換えれば、“相手の異なる考え方の中に自身に見えていない成長の種が隠されている”と思って相手と向き合おうとすることだ。また、“現状の事態を好転させたいという思いを持ち、相手とのコンフリクトを執拗に恐れないようにする”、言い換えれば、“相手から決して逃げず”に向き合おうとすることだ。無論前提には相手へのリスペクトがなくてはならない。
つまり、異なる考え方に対する向き合い方次第で、自身の思考の枠から脱却した新しい自分に出会えるかどうかが決まる。
この仮説とリンクすると思われる理論がある。スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱する“プランド・ハップンスタンス(計画的偶発性)”(*2)だ。クランボルツ教授は、①好奇心、②持続性、③楽観性、④柔軟性、⑤冒険性の5つの行動指針を持ち、起こった出来事や出会う人とどう向き合うかが、一見偶発性が高いと思われる自身のキャリアの計画的(意図的)な形成につながると説明している。まさに、弁証法の効果を発揮するためには向き合い方が重要であるという仮説とリンクしている。
また、相手と向き合うことは自身と向き合うことにつながる。異なる考え方を持つ相手は自身の内面の矛盾を映し出した鏡であり、自身と向き合う絶好の教材となる。“人の振り見て我が振り直せ”や“他山の石”といった諺は、「他人の言動を鏡として自身と向き合い、自身の思考や行動の進化につなげる材料にせよ」というメッセージだ。
このように考えると、弁証法を念頭において考え方の対峙する(違和感のある考え方をする)相手と向き合うことは、個人の成長を高める普遍的な法則となる。さらに、この法則を個人が強く意識し、個々人同士で積極的に向き合おうとすることは、組織における関係性の質の向上にもつながるはずだ。弁証法を応用したビジネスの成功事例があることも頷ける。
人生は異なる考え方を持つ人や様々に経験する出来事との向き合い方・捉え方次第で、いかようにも好転させることができる。逃げずに向き合うことができれば、偶発性を意図的に引き起こし、新しい世界を知ることができるのだ。現在はVUCA(*3)と呼ばれる時代であるが、そんな時代であるからこそ、個々人が多様性を重んじると共に変化を楽しむことができれば、進化し続ける組織になるのではないだろうか。
U2
*1:弁証法
弁証法は哲学者ヘーゲルが提唱したと言われており、あるテーゼ(正)に対して、矛盾するものをアンチテーゼ(反)として捉え、テーゼとアンチテーゼの統一により一層高い境地であるジンテーゼ(合)に進むという一種の思考法である。また、この一層高い境地に進む作用をアウフヘーベン(止揚)と呼ぶ
*2:プランド・ハップンスタンス理論
自身のキャリアを目指すべきゴールやそこに至るステップを明確にして形成する従来の考え方に対して、変化の激しい時代では、あらかじめ計画したキャリアに固執せず、目の前のことに真剣に向き合う態度・行動を取ることで、予期せぬキャリアを自ら切り拓くという考え方
*3:VUCA
Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの頭文字を取った、変化の激しく不確実な社会情勢を表す言葉