2020.02.21
50年後のおなかの中
われわれは膨大な数の微生物と共生している。この微生物には細菌をはじめウイルスや真菌、場合によっては原虫や寄生虫まで含まれるが、その数や宿主との相互関係で最も重要なのは細菌である。人の体には重さ1~1.5㎏の100兆個以上の細菌が常在していると言われている。中でもその数、種類ともに最も豊富なのが消化官であり、人に定着している細菌の9割は消化官に生息し、腸内細菌叢(腸内フローラ)と呼ばれている。近年、次世代シークエンサーという遺伝子解析装置が登場し、この腸内フローラの解析技術が大幅に進展してきた。普段便を作るための臓器としか認識されていない方も多いかもしれないが、腸は全身の免疫を司る重要な役割を持ち、腸内での細菌同士のバランスは生活習慣や環境などさまざまな要因によって変化し、体全体に影響が出ることが最近の研究で明らかになっている。免疫系とも密接にかかわるため、病気の治療・予防などへの活用が期待されている。
最近では人の便に着眼しビジネス化しようという試みもある。便に含まれる無数の細菌をがんの早期発見や、うつや自閉症、肥満などの生活習慣病、様々な病気の治療に用いるというものだ。今や便は“茶色いダイヤ”と呼ばれるほど、腸内細菌ビジネスでは熱い視線を注がれている。欧米では、良好な腸内細菌が含まれる便を潰瘍性大腸炎を患う患者の腸に移植し治療する便移植療法が始まっており、便が流通する便市場が形成され、移植のための便の売買が行われている。
将来腸内細菌は我々の生活をどのように変えてくれるのだろうか。今後研究が進み、病気やアレルギーに対する有効な細菌やその組み合わせの解明が進むと、食習慣を改善して体調を整えるために教えを請う先は、医師や管理栄養士等ではなく自身の腸に暮らす細菌に聞く時代がくるかもしれない。そのような未来ではIoT化されたスマートハウスで人の便を常にモニタリング・解析し、スマホアプリへ結果が届けてくれる。センサー費用は無料だが、細菌情報はパーソナルヘルスレコードとしてデータバンクへ情報提供される。アプリの月額費用は必要だが、本人の腸内細菌バランスを鑑み健康状態のビッグデータからアレルギー予防や健康維持のため本人に必要な特定乳酸菌を含む食品とレシピが勧められる。指示通りに調理して次の日から食べ始めると体調は改善し、お気に入りのレシピがまた増える。腸内細菌バランスから、免疫レベルの低下や特定の疾患に対するリスクの高まりを教えてくれるシステムが腸内環境を理想的な状態にしてくれるかもしれない。
疾患の多くは、人の遺伝子や生活習慣、さまざまなパラメーターが絡みあって発症すると考えられているため、一人一人の最適な腸内環境があり、将来われわれは病気にならないための最強の個別腸内デザインを把握でき、健康管理をしている時代がくるかもしれない。
エウロパ