2016.08.31
「コト売り」から「コト創り」へ
人口減少・世帯減少によるマーケットの縮小やインターネットの普及によって性能や価格を徹底比較して購入する(自分で情報を集め自身に合ったものを選択する)といった消費者の購買行動の変化、商品自体のコモディティ化といった様々な要因を受け、企業は「モノ売り」から「コト売り」にシフトしていくべきだと叫ばれて久しい。本稿ではその「コト売り」の抱える課題と今後の進化の方向性について考察を試みる。
ご存知の方も多いかと思うが一度簡単に整理すると、「モノ売り」とは商品(モノ)自体の機能・性能や価格の訴求によって消費者に購買を促す売り方であり、「コト売り」とは商品(モノ)自体の機能・性能や価格の訴求ではなく、その商品(モノ)を購入する購入価値(コト)を訴求することによって購買を促す売り方のことである。マーケティングの世界で格言的によく言われる言葉として“People don’t want to buy a quarter-inch drill, they want a quarter-inch hole.”– Theodore Levitt(人はドリルが欲しいのではない。穴を開けたいだけなのだ。セオドア・レビット)というのがあるが、この“ドリル”自体の機能性能などの価値訴求でモノを売るのが「モノ売り」であり、“穴を開けることができる”という購入価値の訴求でモノを売るのが「コト売り」である。
例えば、横川駅という小さな駅で売られている「峠の釜飯」は1日に6000食を売るほどのロングセラー商品になっているが、これは食欲を満たすお弁当としての機能(=モノ)だけではなく、列車に揺られながら「峠の釜飯」を食す、という旅情(=コト)を購入価値として訴求することで大ヒットしていると言われている。
従来の「コト売り」のポイントは、商品購入によるベネフィットを消費者に分かりやすく伝えることである。テレビ通販はこの方法に一日の長があり、『買ってみたら必要もなかったのに、テレビを見ていて衝動的に買いたくなり、自分に必要だと思って買ってしまった』という経験をした方も少なくないだろう。商品を購入するベネフィットをわかりやすく伝える上で最もシンプルな方法は“体験”させることである。テレビ通販では利用されるシーンをわかりやすく伝え、消費者にその商品を持つことのベネフィットを“疑似体験”させることで購入に結び付けている。ネット通販などでよくある「○○日間お試しプラン」なども“体験”させる最たる例ではないだろうか。
では、この購入“体験”価値の訴求が「コト売り」の真骨頂であり、今後も商品の購入“体験”価値を訴求していくことが企業側のモノの売り方の主流になっていくのであろうか。
私は「モノ」に付随するストーリーを訴求・体験させることで他社と差別化された商品購入ベネフィットを具現化し、売りを最大化しようとする「コト売り」の手法はもはや限界に近付いているのではないかと考える。
ここで、私の考える「コト売り」が現在抱えている課題を整理してみたい。
1つ目は、一時的な“体験”を訴求するばかりでは、消費者が得るベネフィットは短期的であり、衝動的であり、この様な売り方は長続きしない(一度購入したらそれで終わりになってしまう)、という点である。
2つ目は、消費者の“~~したい“という顕在ニーズに対する“体験”価値の提供に終始するため、消費者自身も気づかない潜在的ニーズに対するアプローチが不十分になりがちな(潜在市場を見出すことが難しい)点である。
つまり、人口減少・世帯減少でシュリンクしていく消費者マーケットの中で、様々な企業が「コト売り」を模索し順応してきている今の状況下において、「モノ売り」の延長線上として、ストーリーの付与による差別化で商品価値を底上げする「コト売り」は、短期的な拡販アプローチであり需要を掘り起こす市場開拓力にも乏しいため、限界を迎えてきているのではないか、というのが私の問題意識である。
では、商品生産者である企業側が消費者に対してどのようなアプローチをするのが今後の主流になっていくのであろうか。結論を先に言えば、私は「コト売り」から「コト創り」に変化していくのではないかと考える。
「コト創り」とは、企業が消費者とつながり続け、一時的な購入“体験”価値ではなく長期的な購入“経験”価値を訴求し、つながり続けることによって更なる新たなニーズを喚起し、新たなベネフィットを提供していく(=コトを創る)ことを指し、結果的に新たなニーズ喚起によって新しくモノが売れる、という状態に持っていくことである。
このマーケティングアプローチが実現できれば、先に挙げた2つの課題は解決できると考えられる。
※ 余談にはなるが、ここで“体験”と“経験”を意識的に使い分けているが、“体験”は一時的即時的である一方で“経験”は長期的継続的であるという主旨による。人材育成の見地でも“体験”は“経験”に昇華させなければ人の成長につながらないといわれるが、その考え方に倣い“経験”価値訴求に昇華させなければ意味がないという考えで使い分けている。簡単に例えると、「モノを食べること」が“体験”なら、「食べたモノから必要な栄養素を吸収すること」が“体験”が“経験”に昇華しているということになる。
改めて「コト創り」の重要なポイントを整理すると、主に以下の3つになる。
●消費者と企業側が長期的につながっていくこと(関係継続)
●つながっていく中で得られるベネフィットが向上していくこと(経験価値提供)
●つながっていく中で新たな潜在ニーズを喚起すること(需要喚起)
そして既に、今のIoT(モノのインターネット)化の大きな流れがこの3点を可能にしていき、「コト創り」の形を牽引し始めている。モノがインターネットにつながることで、企業と消費者をつなげる役割を担い、そこで得られるデータを基にタイムリーな価値提案や潜在需要の掘り起しによる新たなサービス提供が実現され、結果として更なる商品拡販につなげることができてきているからである。
少し古くはなるが今でも有名な成功事例は、コマツの「コムトラックス」である。
コマツは機械にセンサーをつけて、購入後もその機械のセンシングを続けデータ管理すること(関係継続)で故障時の早期把握やデータ蓄積による省エネ運転実現などのベネフィットを提供しており(経験価値訴求)、更に当初は想定されていなかった盗難時の位置情報把握といった潜在需要も喚起した(需要喚起)。
最近の事例でいうとGoogleの「Google Home」も「コト創り」の考え方に当てはまる。コネクテッドホーム市場といわれているが、いずれは家庭内のデータを継続的に収集することによる新たな付加価値提供や需要喚起につながるハードになると容易に想像できる。
上の2例はハード販売を継続関係構築の入り口にしている例であるが、もう一つ違うパターンの事例でいうとスマホなどを利用したソーシャルゲームなどが思い浮かぶ。消費者との関係構築の入り口はフリー(無料)で受け入れ、企業が提供するプラットフォームで継続的に遊ぶ(関係継続)中で、ゲーム内のアイテムに課金することのベネフィットが利用者の中で高まり(経験価値訴求・需要喚起)、結果アイテム課金(≒「モノ売り」)につながっている。
IoTの進化によって企業と消費者の間の「関係継続」アプローチはより現実的なものとなってきており、更にはAIの進化によって顧客データに基づく「経験価値訴求」「需要喚起」もより発揮されてくる時代が近づいている。少子高齢化の流れの中で顧客の囲い込みがどの企業も重要なマーケティングトピックになってきているが、IoT×AIも活用し、3つのポイントを踏まえた「コト創り」のアプローチによって顧客拡大を画策する企業が増えていく未来が想像できる。
先日無事閉会したリオオリンピックでも閉会式の東京パフォーマンスではARを活用した近未来的なパフォーマンスが話題になったが、様々な技術を活用して生活や社会がより豊かになっていく未来の到来を期待せずにはいられない。