2010.10.11
『女性役員比率』の向上で、日本の経済は動くのか?
「女性の消費力が経済を動かす」。こんなキーワードを、最近、新聞・雑誌等でよく見かけるようになった。リーマン・ショック後の経済低迷は、なかなか出口が見えない。そんな中で、期待が高まっているのが「女性の消費力」であるという。今後、全世界の女性の年間消費支出は、現在の20兆ドルから5年間で28兆ドルに増えると予想されており、特に、「食」や「ファッション」「美容」業界においては、女性が、今後益々、魅力的なターゲットになるであろうと予測されている。
但し、女性が、自身の決定権を発揮して「消費」を行うためには、女性自身が働き、前提として、そのための十分な「経済力」がなくてはならない。日本においては、今年6月に育児・介護休業法が改正され、女性の出産退職の構造を改善し、何とか女性の労働参加を促進させようとしている動きはある。しかし、現実はどうかというと、女性が出産で退職する割合は「7割」に上り、残念ながら、出産退職の構造は、この20年の間、ほぼ変化がないという。日本では、女性の就業率が最も下がるのは、30歳から40歳の年齢層の女性だ。これは、一般的に「M字カーブの底」ともいわれるが、他の先進諸外国では、この間の女性の年齢層の就業率が最も高くなる。
では、女性の就業率を上げることによる「企業側の直接的メリット」は、どこにあるのだろうか。早くから女性の進出がなされてきた米国には、「女性役員比率が高い企業は、業績も良い」という調査結果(07年:女性団体カタリストによる米ビジネス誌フォーチューン500に掲載された企業を対象とした調査)がある。もし、この調査結果が真実であれば、女性役員比率が高くない企業は、「女性役員比率が高い企業の業績が良くなる背景」を探り、そこから自社の業績を「より向上させるため」の、取組みのヒントを得る価値はありそうだ。また、それらの取組みにより、女性の就業人口の底上げが図れるとすれば、日本における「女性全体としての可処分所得の向上」に繋がり、日本国内においても「女性の消費力」に十分期待することが出来る。
そこで以下では、「女性役員比率が高い企業の業績が良い」と言われる組織的背景にある特徴とは何かを挙げ、それらの特徴が、何故「業績の良さ」に繋がってくるのか、について考えてみたい。
まず、「女性役員比率が高い」企業の組織的背景にある特徴として、「制度が浸透しやすい組織風土がある」ということが考えられる。2009年度に、東洋経済新報社が実施した「全上場会社の役員における女性の登用状況調査」によると、女性役員の初就任年齢は、46.6歳であり、一般的な女性を考えれば、その年齢に達する迄に「結婚・出産・育児」といったライフイベントを迎える。特に、女性には、女性にしか為し得ない「出産」というイベントがあり、働き続けるためには、どうしても出産・育児と仕事を両立させるための支援制度や、出産前後のブランクを不利と思わせない公平な評価制度が必要である。「女性の役員比率が高い」ということは、少なからず、役員になる手前の母集団(管理職)の女性比率が高いことも想定され、それらの女性が迎える一連のライフイベントを支える支援施策・制度が、社内に名実共に浸透し得る企業風土が存在することが想定される。そして、そういった制度が適切に社内に浸透している企業であれば、より「企業の業績に直結する日々の業務に関連する制度やルール」が、出産や育児と、仕事を両立させる支援制度に先行して社内に浸透しているとは、考えられないだろうか。日々の業務における制度やルールに、トップの業績目標を達成するための方針が適切に反映されていることを前提とすれば、制度が浸透しやすい企業は、社員がそれらの方針に則った同じベクトルで行動している組織であるということであり、そのことが、業績の良さに繋がる可能性は高い。 2009年に内閣府が行った調査では、「両立支援や公平な評価制度のある企業は、そうでない企業より業績の高い企業が多かった」という結果が出ているが、本質的には、「制度の有無」ではなく、「制度が浸透しうる風土があるか否か」が、企業の業績の善し悪しを決める分岐点になっているのが実態ではないだろうか。
そして、もう一つ、組織的な特徴として考えられるのは、「自社の各組織に存在する仕事と、人材リソースとのマッチング機能が、整備されている」ということだ。女性には、女性特有の「強み」と、どうしても経営者からすると、女性を雇うことの「デメリット」とも捉えられがちな、女性特有の「弱み」の両側面が存在する。 ここでいう女性特有の「強み」とは、女性を取り巻く環境が生む、「女性特有の生活者としての経験や発想」のことである。特に、日本においては顕著だが、女性の家事負担は、依然として男性より重く、男性の約3分の1が配偶者やパートナーと家事を「全く分担していない」という、調査結果がある。こういった状況下で働く女性は、仕事と家事を如何にして効率的に行い、時間を節約しながら、自分の時間を確保するかについて、日々考えざるを得ない。現在の社会においては、「顧客の望む商品やサービスをいち早く提供するアイデアや企画力」が求められるが、こうした意図せずしてか置かれた環境下で培われた女性としてのアイデアや生活に密着した多様な経験を、企業の製品・サービスに生かすことは非常に有効であると考えられる。一方、女性特有の「弱み」はと言うと、出産などによる働くためのモチベーションの低下や、男性と比較した場合の体力の差などが挙げられる。 いづれにしても、女性ならではの「強み」を活かし、女性を雇用することのデメリットとも捉えられがちな「弱み」をカバーしながら、自社組織内で女性を活かし切れる企業は、「自社の各組織に存在する仕事」と、「人材リソースとのマッチング機能」が、整備されていると言える。ここでいう「マッチング機能が、整備されている」とは、人材の単純な能力を想定した仕事のアサインだけでなく、女性の場合であれば、上記で挙げたような、女性特有のライフイベント(出産)による働くためのモチベーションの低下や、男性と比較した場合の体力の差についても前提において、女性の能力を生かすためのアサインを行っているということである。例えば、ある金融業の企業では、年齢階層ごとにテーマを分けてキャリア開発研修を実施しているが、この「キャリア」とは「仕事」と「生活」の2つの側面から成り立っていることを教えている。そして、全社員に対する、職場優先意識の是正と、働き方の見直しを啓発しつつ、出産・育児期間の女性には、「残業する必要のないルールが確立された仕事」にアサインすることを当然としている。また同時に、「就業時間内に労働力を消費させる」仕事へと、単純アサインするのではなく、出産・育児後も働き続けることを前提とした、個別のキャリア開発を意識した業務アサインを行うよう、配慮しているという。 このように個別事情を想定した仕事と人材のマッチング機能が整った企業であれば、女性が定着して、役員までのキャリアを歩める可能性も高くなる。また、そういった企業の社員は、女性に限ることなく、総じて個々に自身の得意領域で育成され、定着するだろう。結果、「仕事と人材のマッチング機能」により、組織的に人材の定着率を高め、人が適切に育成される仕組みを確立できた企業は、そうでない企業と比較すると、「業績が高くなる」と考えても、不思議ではない。
以上、「女性役員比率が高い企業」の組織的背景の共通項として考えられる点を、「制度が、浸透しやすい組織風土があること」と、「自社の各組織に存在する仕事と、人材リソースとのマッチング機能が、整備されていること」の2点挙げてきたが、これらを考慮すると、中身を議論せずに「女性役員比率上げること」のみに焦点をあてただけでは、必ずしも組織の業績(パフォーマンス)には結び付かないことは明快だ。あくまで、組織的背景に着眼し、そこに対する自社とのギャップを改善する必要がある。
一方、日本の政府は、現在、「社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくても30%程度になるよう期待し、政府は民間に先行して積極的に女性の登用等に取り組む」との方針を打ち出している。このように、国として、女性に焦点を当てた雇用に意識を向けることは、女性の労働参加を促進させる、第一歩になることは確かだ。だが、単純に「数値を操作」することでは、本質は何も変わらない。指導的地位の女性の割合を高める目的が、諸外国を意識した「数値上げること」に留まるのであれば、取組みの意義は薄れるだろう。
以上のことから、日本政府や日本の各企業には、上記で挙げた背景をまずは理解し、組織の体質改善を行うことによって「女性の就業率の底上げ」を図ってもらいたい。そのことが、日本の女性の消費力を高め、日本国内における景気回復に、少しでも貢献するものとなることを願いたい。
マカロン